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ウクライナ戦争と「反グローバリズム聖戦」【佐藤健志】

佐藤健志の「令和の真相」47

 

ウクライナ戦争と反グローバリズム

 ドゥーギンの言う「一極集中の世界」とは、アメリカを中心とした欧米諸国が、地球規模の覇権を確立した状態のこと。

 いわゆるグローバリズムと、ほぼ同じ意味に解してかまわないでしょう。

 逆に「多極世界」とは、いくつかの主要国がそれぞれの地域における覇権を確立し、勢力を拮抗させつつ共存する状態。

 ウクライナ戦争は、欧米、とりわけアメリカの覇権による圧迫から、ロシアの地域覇権を守るための戦いであり、ゆえに聖戦だというわけです。

 

 一般のロシア人が、本当にそこまで考えているかは分かりませんが(基本的には戦争を支持する一方、停戦交渉を求める声も高まってきたと伝えられます)、プーチンがドゥーギンと非常に近い考えを持っているのは確実。

 20072月、ミュンヘンで開かれた国際安全保障会議の席で、大統領はこう述べているのです。

 

 【一極世界とは何でしょうか? あれこれと言葉を重ねて誤魔化す人もいますが、とどのつまりはある一つの状況の型を言っているのです。権威の中心が一つだけ、力の中心が一つだけ、決定を下す中心が一つだけということです。

 【それは、支配者が一人だけ、主権は一つだけという世界です。そしてこれは、システム内部の全員にとって有害なだけでなく、主権そのものを内部から破壊するという意味で、主権にとっても有害なものです。】(小泉悠『「帝国」ロシアの地政学』、東京堂出版、2019年、94ページ)

 

 「支配者が一人だけ、主権は一つだけ」とは、アメリカ、ないし欧米が全世界を仕切る状態を指します。

 その場合、他の国々は自国の利益が損なわれても耐えるしかなく、ゆえに一極世界は「システム内部の全員にとって有害」となる。

 しかも欧米に屈従してばかりでは、人々は自国のあり方に幻滅、祖国への誇りを失ってしまう。

 だから一極支配は「主権そのものを内部から破壊する」のです。

 

 すなわちプーチン、「アメリカ主導のグローバリズムは、ロシアの国益に反するうえ、国家としてのアイデンティティまで突き崩すので受け入れられない」と訴えたことになる。

 ドゥーギンもまた、ウクライナ戦争に敗れた場合、ロシアは「自分自身を失う」と述べました。

 だから、勝つまで戦いをやめないのだと。

 

 ウクライナ戦争とは、欧米の覇権に対抗して、ロシアの地域覇権、ひいてはアイデンティティを守ろうとする「反グローバリズム聖戦」である!

 ドゥーギンとプーチンの主張を要約すれば、このようになるでしょう。

 1980年代末の冷戦終結いらい、30年あまりにわたって続いたグローバリズムが、さまざまな弊害をもたらしてきたのも事実です。

 

 た・だ・し。

 この戦争に「反グローバリズム聖戦」の要素があるとしても、「グローバリズムに反対の立場を取る国は、欧米諸国に同調せずロシアを支援すべきだ!」などということにはなりません。

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佐藤 健志

さとう けんじ

佐藤健志(さとう・けんじ)
 1966年、東京生まれ。評論家・作家。東京大学教養学部卒業。
 1989年、戯曲『ブロークン・ジャパニーズ』で、文化庁舞台芸術創作奨励特別賞を当時の最年少で受賞。1990年、最初の単行本となる小説『チングー・韓国の友人』(新潮社)を刊行した。
 1992年の『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』(文藝春秋)より、作劇術の観点から時代や社会を分析する独自の評論活動を展開。これは21世紀に入り、政治、経済、歴史、思想、文化などの多角的な切り口を融合した、戦後日本、さらには近代日本の本質をめぐる体系的探求へと成熟する。
 主著に『平和主義は貧困への道』(KKベストセラーズ)、『右の売国、左の亡国 2020s ファイナルカット』(経営科学出版)、『僕たちは戦後史を知らない』(祥伝社)、『バラバラ殺人の文明論』(PHP研究所)、『夢見られた近代』(NTT出版)、『本格保守宣言』(新潮新書)など。共著に『対論「炎上」日本のメカニズム』(文春新書)、『国家のツジツマ』( VNC)、訳書に『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』( PHP研究所)、『コモン・センス 完全版』(同)がある。『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』は2020年12月、文庫版としてリニューアルされた(PHP文庫。解説=中野剛志氏)。
 2019年いらい、経営科学出版よりオンライン講座を配信。『痛快! 戦後ニッポンの正体』全3巻に続き、現在は『佐藤健志のニッポン崩壊の研究』全3巻が制作されている。

 

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