導入されたらアニメや演劇が消滅?インボイス制度の問題点とは【篁五郎】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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導入されたらアニメや演劇が消滅?インボイス制度の問題点とは【篁五郎】

インボイス制度が導入されたら若い声優たちはどうなってしまうのか!?

 

 

 10月26日、東京のど真ん中で悲痛な声が鳴り響いた。

 「このインボイス制度が導入されたら若い声優達はみんな廃業しないといけなくなるんです!」

 来年(2023年)の10月に導入される消費税の新制度インボイス反対集会で、声優の甲斐田裕子さんが日比谷野外音楽堂で叫んだ言葉だ。

 最近ニュースやTVCMでたまに流れているのを耳にしたことがある人もいるだろう「インボイス」という言葉。一体どういう意味なのかわかっている人は実は少数しかいないと思われる。

 簡単に説明すると「インボイス」とは「適格請求書」を横文字にしたもの。これまでの請求書と違い、税務署長によって割り振られた“会社的マイナンバー”が記載された請求書を持ってこないと会社が損をしてしまうのだ。

 例えば、ある日仕事でタクシーに乗って請求書をインボイスで頼むとするとしよう。運転手が「すいません。ウチはインボイス対応していないんです」と返事をされたら自己負担になってしまうかもしれないという制度だ。打ち合わせで使った喫茶店代、会社で使うボールペン代、サイトに載せるためにイラストレーターに頼んだ仕事も、すべて「インボイス」がなければ、会社が損をしてしまうのだ。

 そうなると、インボイスに対応していない取引先との取り引きは考えざるを得なくなるのは目に見えている。しかも個人事業主やフリーランス、小規模事業者も対象だ。

 それならインボイスに加入し、発行事業者となれば解決すると思われるが、それも違う。

 年収1,000万円以下で企業間取引(フリーランスや個人事業主含む)をしている人は、現在消費税が免税されている。しかしインボイスに加入すると消費税を納税する義務が発生してしまうのだ。

 ここで「消費税って我々消費者が支払っているものでしょ? 一時的に預かっているのだから収めるのは当然」という意見が出てくるだろう。実はその認識は誤りである。

 消費税は消費者が支払う税金ではなく「第二事業税」ともいうべき税金である。消費税法にも「売り上げから10%納めなさい」としか書いていない。しかも司法でも「消費税は預かり金ではない」と判断されている。

 もしインボイスを導入したら個人事業主やフリーランス、小規模事業者も年収に関わらず消費税を納めなくてはいけなくなる。この影響を受けるのは、俳優、映画監督、脚本家といった演劇関連の仕事を筆頭に、アニメーター、声優、イラストレーター、スタイリスト、ヘアメイク、ミュージシャン、作家、編集者といったクリエイティブな仕事をしている人にも及ぶ。

 他にもプロスポーツ選手、スポーツトレーナーなどのプロスポーツ関連の仕事や一人親方、個人タクシー、ウーバーイーツなどの配達パートナー、配送業者(赤帽など)、農家などのエッセンシャルワーカーも年収から消費税の10%分を納付しないといけなくなる制度が「インボイス」なのだ。

 その中でも声優やアニメーター、役者は駆け出しの頃は年収が低いので食べていくのも精一杯なのに、売上から10%も納税しないといけなくなれば益々生活が苦しくなるのは明白。

 だから彼らは声を上げた。

 その「インボイス」に反対するために声を上げた有志が、各々の思いを訴えるため日比谷野外音楽堂へ集まった。

 発起人からは挨拶で「インボイスは税率を変えない消費税の増税」と言い、「弱い人に負担を押しつける制度」と断言。改めてインボイス制度の欠点を訴えた。

 

インボイス反対集会に参加した国会議員

 

 集会には国会議員も参加。立憲民主党からは末松義規議員、落合貴之議員が参加。日本共産党からは田村貴昭議員、宮本徹議員、山添拓議員がインボイス反対を訴えた。国民民主党からは浜口誠議員、れいわ新選組からは大石あきこ議員、社民党から福島みずほ議員制度の不備や国会での動きを報告した。

 現在、国会では野党(日本維新の会除く)が共同で「インボイス廃止法案」を提出し、導入を阻止するために動いているという。

 そしてインボイスによって悪影響を受ける人々の登壇がスタート。三橋貴明さん(経済評論家) 、荻原博子さん(経済ジャーナリスト)、 ダースレイダーさん(ラッパー)、西位輝実さん (アニメーター)、室伏謙一さん(政策コンサルタント) 、湖東京至さん(税理士・元静岡大学教授)などがインボイス反対を表明した。

 他にも大工や左官屋さんといった街を作る労働者の組合である東京土建もインボイス導入を反対している。

 東京土建は、インボイス中止を求めて国会議員へ要請を行い、全国にある支部から地方自治体にインボイス中止を求める意見書の採択運動などを行っているという。財務省にも中止の要請をしたが、驚くべき発言があったと告白した。

 「(財務省から)1つ目は税額が明確になって課税転嫁ができるでしょ。2つ目はOECDでは日本だけがインボイスを導入していない。3つ目は複数税率の元で計算がしやすいでしょと言われました」

 なんと人を食った発言だ。一人親方を含む中小企業は、税額が明確になっても課税転嫁できずに自分で飲み込むしかない。だから弱い者いじめだと指摘をされているが、財務省には響いてないようだ。

 その弱い者が数多くいる演劇界からも怒りの声が上がった。トップバッターは、スタンダップコメディ協会会長で芸人の清水宏さん。得意芸でインボイス制度を皮肉るスタンダップコメディを披露し、緊張が続く会場の雰囲気を和らげた。

 

清水宏さん

 

 次に体調不良で登壇できなかった作家で俳優・演出家の丸尾聡さんからメッセージが届き、代読された。その後、多くの立場の人がインボイス中止を訴えていく。

 アニメ制作の現場からは『機動戦士ガンダム』のスタッフの一人で、アニメプロデューサー植田益朗さんが登壇をした。

 

植田益朗さん

 

 「消費税の負担をインボイスによってどちらかがしなきゃいけないということになったら、会社を守るために、課税登録をする人を優先しなきゃいけないというスタジオの社長もおりました。そういったことで今まで頑張ってきたスタジオとクリエイターとの関係も変わっていくでしょう。でも特に若い方が入ってこなくなる。そうなると数年後には業界の風景が様変わりしているだろうと思っています」

 アニメ制作の現場でもインボイスによって悪影響を及ぼすことを示唆した。次に『平成狸合戦ぽんぽこ』、『耳をすませば』で監督助手を務め、ガイナックスの『新世紀エヴァンゲリオン』では演出、演出助手を担当し、現在はアニメーションスタジオ・トリガー代表取締役を務める大塚雅彦さんは、恐るべき予測をしている。

 

大塚雅彦さん

 

 「インボイスはじまると、大げさかもしれないけど、アニメーションがなくなるかもなと思っています。アニメーターは入ったときにそんなに上手くなかった人が、入ってから実力をつけるということもままあります。スタジオジブリがそうです。ほとんどが一度、宮崎さんに落とされて、腕を付けてから入っているんです。すぐに芽が出る人ばかりじゃないんです。我々もブラックと言われた部分を改善しています。その努力を、インボイスで台無しにされたくないんですよね。細かい手続きは全部我々に押し付けて。我々も努力しているんだから、国も努力してほしいです」

 業界に長くいる制作者が、インボイスによってアニメがなくなるかもしれないという危機感を持っている。

 そして冒頭にも紹介したように声優も危機感を持っている。声優の甲斐田裕子さん、咲野俊介さんがステージで声を上げた。

 

甲斐田裕子さん、咲野俊介さん

 

 「今年の8月3日に私たちは立ち上がりました。10年後も20年後もずっと良い作品を作り続けたいという思いだけです。若い子たちは、ほとんどが免税事業者です。芽を出すためには10年もかかります。もっとかかる人もいます。そんな中で若い子たちが、今を一生懸命生きている子たちが、声をあげるのはなかなか難しいです。普段、裏方をしている人が表に出て、こういう発言をするのは憚られます。だから私たちのような中堅クラスが声を上げなければと思って立ち上げました」

 声優もインボイス導入で廃業に追い込まれるのは、これから成長していく若者だと現状を訴え、反対運動を続けていくと言い切り、声をあげればきっと変わるということを信じて、これからも一緒に頑張っていきましょうと呼びかけた。

 アニメは日本が世界に誇る文化なのは言うまでもない。日本政府も「クールジャパン」などと言って世界へ売り込みをしていたはずだ(結果はお寒いものだった)。その文化を潰すようなマネをするのは、国民を守る役割を放棄していると言っても過言ではない。

 しかも影響を受けるのはアニメ業界だけではない。建築現場や飲食店、文学、プロスポーツと多岐に渡る。人々の営みがなくなるかもしれない制度の導入にはきっぱりと「NO!」を突きつけなくてはいけない。

 2022年の12月に自民党と財務省が、税制調査会といって2023年の税制改正について決める時期がやってくる。それまで反対の声が小さければインボイスは導入され、多くの個人事業主、フリーランスや小規模事業者が苦しむことになる。反対の声を上げるのは今しかない。

 

文:篁五郎

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篁五郎

たかむら ごろう

1973年神奈川県出身。小売業、販売業、サービス業と非正規で仕事を転々した後、フリーライターへ転身。西部邁の表現者塾ににて保守思想を学び、個人で勉強を続けている。現在、都内の医療法人と医療サイトをメインに芸能、スポーツ、プロレス、グルメ、マーケティングと雑多なジャンルで記事を執筆しつつ、鎌倉文学館館長・富岡幸一郎氏から文学者について話を聞く連載も手がけている。

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