上島竜兵、村田兆治、YOSHIから、異端の医師、稀代の通り魔まで。巨星墜つ、の年に去っていった人たちを振り返る【2022(令和4)年】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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上島竜兵、村田兆治、YOSHIから、異端の医師、稀代の通り魔まで。巨星墜つ、の年に去っていった人たちを振り返る【2022(令和4)年】

【連載:死の百年史1921-2020】第17回(作家・宝泉薫)


死のかたちから見えてくる人間と社会の実相。過去百年の日本と世界を、さまざまな命の終わり方を通して浮き彫りにする。第17回は2022(令和4)年。番外編として、まだ記憶に新しい死を取り上げたい。


上島竜兵(享年61)

 

■2022(令和4)年

上島竜兵(享年61)村田兆治(享年72)渡辺徹(享年61)あき竹城(享年75)近藤誠(享年73)佐川一政(享年73)加藤智大(享年39)YOSHI(享年19)ほか

巨星墜つ。

 安易に使うと薄っぺらくなる表現だが、安倍晋三の死はまさにそういうものだった。日本史にも大きく記録されるであろう政治家が影響力を保った状態で暗殺されるというのは、滅多にあることではない。1921年に起きた、原敬の暗殺になぞらえる声もあがったように、約一世紀のときを経て、歴史は繰り返されたともいえる。

 ただ、2022年の死は彼だけではない。さまざまな人がさまざまなかたちで、この世から旅立っていった。

 まず思い出されるのは、コメディアンのコミカルではない最期だ。5月にはダチョウ俱楽部の上島竜兵が自殺。61年の生涯に幕を下ろした。10月にはドリフターズの仲本工事が、交通事故による急性硬膜下血腫で死亡。こちらは81歳まで生きたが、事故の原因は横断禁止の道路を渡ろうとしたことだった。

 上島については「NHK紅白歌合戦」での追悼シーンも記憶に新しい。きっかけは、ダチョウ俱楽部の残されたふたりと純烈が組み「白い雲のように」をカバーしたこと。これは有吉弘行が、猿岩石時代にヒットさせた曲だ。

 とはいえ、有吉はその後、長い低迷期に突入。そのとき、誰よりも励ましてくれたのが事務所の先輩でもある上島だった。それゆえ、2013年には、

「涙をこぼすのは上島さんの葬式だけ。と決めている」

 と、ツイートしたこともある。

 こうした経緯から「紅白」で、純烈・ダチョウ・有吉によるコラボが実現。「白い雲のように」が披露されたのである。歌の前には、純烈の小田井涼平が「上島さんも加えて、8人で歌おうと思ってます」とあいさつ、歌い終わると有吉が「上島も喜んでおります」と締めた。

 仲本もそうだが、明るいイメージのコメディアンが世間的に見て穏やかではない最期を遂げると、ギャップが生まれ、哀しみが増幅されるのだろう。

 そういう意味では、アントニオ猪木(享年79)や村田兆治(享年72)のようなアスリートの死にも似たところがある。特に、病死だった猪木以上に、村田の焼死には驚かされた。

 というのも、村田は9月に暴行事件で逮捕され、そのわずかひと月半後の訃報だったからだ。この事件は、空港の保安検査場で携帯電話が何度も金属探知機に引っかかり、女性検査員にキレたものだとされる。現役時代から古武士のように誇り高い言動をしていた人だけに、この逮捕がダメージとなり、もしや焼身自殺をしたのではとすら思わされたほどだ。

 が、追悼記事のなかに「フライデー」の記者が死の1週間ほど前に聞いたというこんな言葉を見つけた。

「逮捕されたわけだから、もちろん謝るべきところは謝ります。ただ、一方的に私が悪いというのは納得がいかない。(略)私の考えも主張したい」

 どうやら、リベンジの機会を模索していたらしい。現役時代、当時まだ珍しかった肘の手術からのカムバックに成功したように、巻き返しを目指していたとしたら、まさに納得のいかない最期だっただろう。

 また、アスリートではなくても、元気なイメージで売っていた人の死には意外性がある。

 5月には「ファイト・一発!」の栄養ドリンクCMでも親しまれた俳優の渡辺裕之が66歳で自殺。妻の原日出子は、

「コロナの最初の自粛の頃から、人一倍家族思いで心配性な夫は、先行きの不安を口に出すようになり、考え込むことが多くなりました」

 と、コメントして、夫が自律神経失調症で苦しんでいたことを明かした。

 なお、渡辺の死の4ヶ月後から、原の出世作である朝ドラ「本日も晴天なり」がNHKBSプレミアムで再放送されている。彼女の若かりし姿を毎朝視聴しながら、渡辺がもうしばらく生きてこの再放送を見たら、何かしら良い影響ももたらされたのではと、詮なきことも考えてしまうのだ。

 11月には、同姓の俳優・渡辺徹が61歳で他界。細菌性胃腸炎からの敗血症が死因となった。マヨラーの大食漢ゆえ、30歳で糖尿病を発症していたが、基本的にはタフな印象もあっただけに、早すぎると感じた人もいるだろう。ただ、晩年はますます病気がちで、人工透析も受けていたという。

 こちらも、妻は芸能人。会見で見せた榊原郁恵の姿は見事なものだった。が、個人的に印象深いのは会見にも同席していた長男・渡辺裕太のことだ。じつは彼、筆者の地元である岩手でローカル生番組の司会を週イチで務めている。訃報が発表された日もまさにその放送日で、彼は岩手に来て司会をこなした。忌引き的に休むという選択をしなかったことについては、会見でこんな説明を。

「自分の目の前にある楽しい現場をしっかりやらせていただきたいという思いだったので。(略)父親もたぶんそれを大切にしていたと思うので。そういうところは受け継いでいきたい」

 二世タレントとしては理想的な見送り方かもしれない。

 他には、水木一郎(享年74)あき竹城(享年75)葛城ユキ(享年73)といったパワフルな人たちも鬼籍に入った。最晩年は対照的で、水木は車椅子に乗りながら死の9日前までステージで熱唱。葛城も死の10日前までコンサートで歌ったが、あきの場合は死の2年ほど前から公の場に姿を見せなくなっていた。

「元気なあき竹城でごあいさつしたい」

 と考え、ひっそりと闘病していたのだという。

 とはいえ、3人とも、死因はガン。昔ほど不治の病ではなくなったが、やはり命取りにもなるのだ。

 ちなみにガンといえば、その治療に大きな一石を投じた医師もこの世を去った。1996年に「患者よ、がんと闘うな」を書き、時代の寵児となった近藤誠だ。

 その主張は、手術や抗ガン剤といった標準治療を徹底して疑うものだったから、現場からは批判の声もあがった。ガンを放置してそのまま亡くなる患者が増える、というわけだ。それゆえ、ウィキペディアでは冒頭に「日本の医師免許保有の反現代医療の活動家」などと紹介されている(2022年1月初め時点)。「日本の医師」以外は、彼に批判的な人が付け足したのだろう。

 訃報記事のコメント欄にも「研究者、医者というよりも、医学分野の評論家、作家だった」などと書かれ、実際、ベストセラーを連発した功績により菊池寛賞も受けた。こういう人がもしガンになったら、どういう治療を選ぶのだろうと思ったりしたが、死因は虚血性心不全。医学界でよくいわれる「医師は自分が専門とする病気で亡くなる」というジンクスも、この異端の医師には当てはまらなかったようだ。

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宝泉 薫

ほうせん かおる

1964年生まれ。主にテレビ・音楽、ダイエット・メンタルヘルスについて執筆。1995年に『ドキュメント摂食障害―明日の私を見つめて』(時事通信社・加藤秀樹名義)を出版する。2016年には『痩せ姫 生きづらさの果てに』(KKベストセラーズ)が話題に。近刊に『あのアイドルがなぜヌードに』(文春ムック)『平成「一発屋」見聞録』(言視舎)、最新刊に『平成の死 追悼は生きる糧』(KKベストセラーズ)がある。ツイッターは、@fuji507で更新中。 


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