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日本(とくに大阪)がすでに全体主義化していると認めざるを得ない理由【中野剛志】

適菜収著『ニッポンを蝕む全体主義』を読み解く

夏目漱石(1867-1916)

 

 ところが、西洋を真似て、突貫工事で近代化しただけの日本では、近代化に抵抗する保守主義もまた、中途半端にしか現れなかった。そればかりか、外発的に近代化したに過ぎないことも認められずに、いかにも内発的に近代化したかのような自己欺瞞にすら陥った。漱石が診断したこの日本独特の病理は、今日、「保守」を名乗る人々が「日本スゴイ論」に浸るという倒錯となって現れている。その意味では、「ニッポンを蝕む全体主義」の病理は、西洋のそれよりも厄介である。

 全体主義が近代の産物だというのは分かった。では、どうすればいいというのか。前近代に戻れとでもいうのか。「ニッポンを蝕む全体主義」などという診断はもういいから、処方箋を出せ。処方箋がなければ意味がないではないか。

本書を読んで、そう言いたくなったとしたら、失礼ながら、その読者は、自分もまた「大衆」の一人かもしれないと疑った方がよい。自ら困難に立ち向かうという負担から逃れて、安易に解決策が与えられるのを望むというメンタリティは、「大衆」のそれにほかならないからだ。

 全体主義が「大衆」の病理であるならば、その処方箋とは「大衆」ではないものになることに決まっている。大勢に従属する「できそこないの個人」ではなく、オルテガの言う「自分に多くを求め、進んで困難と義務を負わんとする」個人になることである。そのような個人の姿勢のことを、漱石は「自己本位」と表現した。

 漱石は、明治日本の上滑りの近代化に悩みぬいた結果、「ようやく自分の鶴嘴(つるはし)をがちりと鉱脈に掘り当てたような気がした」と言う。その鉱脈こそが「自己本位」の思想にほかならない。それは、「自分に多くを求め、進んで困難と義務を負わんとする」個人として立つということだ。

 だが、「自己本位」とは、「党派心がなくって理非がある主義」であり「朋党を結び団隊を作って、権力や金力のために盲動しないという事」なので、「人に知られない淋しさも潜んでいる」。この「淋しさ」という表現を漱石が繰り返しているのが、印象的である。

「個人主義は人を目標として向背を決する前に、まず理非を明らめて、去就を定めるのだから、ある場合にはたった一人ぼっちになって、淋しい心持がするのです。それはそのはずです。槇雑木(まきざつぽう)でも束になっていれば心丈夫ですから」(『私の個人主義』)。

ファシズムの語源であるファッショ(fascio)とは「束」を意味する。「槇雑木でも束になっていれば心丈夫」という大衆のメンタリティから、全体主義が発生するのだ。しかし、その全体主義に抗して「自己本位」を貫くのは、淋しい心持がするというのである。

 本書の読者は、適菜氏の「ニッポンを蝕む全体主義」に対する容赦のない批判のうちに、「人に知られない淋しさも潜んでいる」ことに気が付くことだろう。

『ニッポンを蝕む全体主義』(祥伝社新書)「解説」より)

 

文:中野剛志

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中野 剛志

なかの たけし

評論家

1971年、神奈川県生まれ。評論家。元京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治思想。96年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。01年に同大学院にて優等修士号、05年に博士号を取得。論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に『日本思想史新論』(ちくま新書、山本七平賞奨励賞受賞)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『日本の没落』(幻冬舎新書)など多数。


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