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ウクライナ危機に「私たち」はどう向き合うべきか【仲正昌樹】

■“緊急事態”だと言いながら左右のポジション・トークを続けている理由

 

 しかし、現在のウクライナのように、隣国の機嫌を損ねたらいつ首都まで攻め込まれるか分からず、その結果、主権を奪われて、独裁者を元首とする国家の属国にされかねない、というような危うい状態に恒常的に置かれることだけは何としても避けたいのであれば、「私たち」はウクライナが頑張ってくれるよう、できる限りの支援をしなければならない。

 ウクライナの政府、あるいは国民の大半が、自由よりも命が大事だという選択をするのであれば、「私たち」にそれを止める権利はない。第二のウクライナ危機が起こらないための仕組みについて、西欧諸国や東アジア諸国と共にゼロから考えなおさないといけないが、幸いなことに、ウクライナの政府は強い抵抗の意志を示しているし、ロシアの方が経済的に追い詰められて、戦争できなくなるまで、抵抗を貫ける可能性もありそうだ。「私たち」は当面、ウクライナ国家の存続に賭けるしかない。

 ロシアにも言い分があるとか、ロシア系の住民はどうするか、クリミア半島の帰属、ゼレンスキー大統領の対ロシア姿勢の是非、ロシアとNATOの関係などをめぐる議論は、ロシアがウクライナという国家を破壊することができない、ということが確実になってからでいい。火事がこちらまで延焼してこないようにするにはどうしたらいいか、という本当の緊急事態に、火事の原因は何か、どこで誰が何をしたせいで火事が拡大したのかについて、曖昧な情報に基づいて議論しても仕方ない。政治家や有力な評論家、政治学者など、政策決定に影響力のある人がそういう悠長な話をするのは、ウクライナを本気で支えるつもりがあるのか、という疑念を生むことになり、有害である。

 同様に、「核シェアリング」を、元首相で与党の最大派閥を率いる人が、今の時期に打ちあげるのは、ズレていると思う。ウクライナが当面持ちこたえられるかどうかが問題になっており、そこに集中すべき時に、与党の有力政治家が、ロシアの侵略が“成功”した後を見据えているかのような発言をすると、事態を余計にややこしくし、ウクライナやアメリカの足を引っ張ることになりかねない――政策決定にあまり関係しない、評論家が問題提起するのであれば、さほど悪影響を気にすることはないかもしれない。

 いずれにしても、本当の「緊急事態」だと思っているのであれば、今の状況にあった話をすべきである。“緊急事態”だと言いながら、相変わらずの左右のポジション・トークを続けるのは、平和ボケに他ならない。

 

 文:仲正昌樹

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仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

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