阪神・淡路大震災から25年。6434人の犠牲者を出したこの地震の記録と記憶を来たるべき「大都市直下大地震」の教訓として生かしたい。NHKスペシャル取材班がものした『震度7 何が生死を分けたのか〜埋もれたデータ21年目の真実〜』より、今回は地震直後の最初の1時間で亡くなった3842人の死因、その実像を伝えます。

◆地震直後の“最も危険な時間帯”

 地震直後の最初の1時間でいったい何が起きていたのか。阪神・淡路大震災が発生した1995(平成7)年1月17日は、3連休が明けた火曜日だった。この日から再び職場や学校へ戻るという人も、発生時刻の早朝5時46分には大半が就寝中だった。それだけに目覚めたら瓦礫の下にいた、という人は少なくない。

神戸市東灘区本山南町付近/写真提供:神戸市

 この1時間で、3842人の方が亡くなっていた。
 これは、地震当日に亡くなった人(5036人)の、実に76%に当たる人数だ。実に、4人に3人が、最初の1時間で命を落としていることになる。検案書(死亡診断書)のリストを見てみると、「死亡時刻」の欄で最も多いのが「5時46分」、「即死」という記載。次いで「5時50分」、「6時00分」などが続く。いずれも、遺体を検案した医師が、短い時間で死に至ったと判断するような状態であったことが分かる。
 いったい、何が起きていたのか。
 手がかりは、建物の被災度を表す44万棟のデータにあった。1時間以内の犠牲者がいた場所と、建物の被害程度を色分けした地図を重ね合わせると、ほとんどの場合で、「全壊」と分類された建物があった位置と一致したのだ。
 つまり、自宅が全壊することで多くの命が奪われていたことが分かる。

◆6割に共通した意外な死因——「窒息」

 その死因を分析すると、意外な事実が分かってきた。
 当日、1時間以内に亡くなった人の検案書の「死亡の原因」欄を見ていくと、最も多かったのは全体の9割を占める「圧迫死」であった(図1参照)。ここまでは聞いたことがある人も多いと思う。圧迫死とは、身体が何かに強く挟まれるなどしたことが原因で死に至ることを指す。ただ、この圧迫死は大分類にあたり、実は、さらに詳細な小分類の死因があった。「圧死」と「窒息死」である。
 まず、「圧死」とは、重量物や強力な力で身体全体が押しつぶされ、全身骨折や内臓破裂などをともなって死に至ることを指す。圧死は、短時間で身体機能が「不可逆的な(後戻りできない)状態」、すなわち、どんな応急治療も蘇生措置も効かなくなる状態に至るため、いわゆる「即死」となる。
 建物の下敷きになって亡くなる、イコール「圧死」、というイメージは一般的に強い。 取材を始める前は、10万棟以上の建物が全半壊した阪神・淡路大震災では、〝圧死〞が大多数であろうと漠然と考えていた。
 ところが「圧死」は、検案書のリストを詳しく見ると、1時間以内の「圧迫死」全体のうち、わずか8%を占めるに過ぎなかった。

 一方、1時間以内の「圧迫死」のうち、 過半数の61%を占めたのが「窒息死」だった。窒息死とは文字通り呼吸が徐々にできなくなって死に至ることを指す。検案書のリストによると、実に2116人もの人が「窒息死」となっていた(図2参照)

 これは驚きだった。地震と窒息がどう結びつくのか、容易には想像がつかなかった。窒息の原因と言えば、鼻や口を押さえつけられるか、または、餅などが喉に詰まって起こる例しか思い浮かばなかった。どうやって、それと同じようなことが地震で起きるのか、それともほかの原因があるのだろうか。見当もつかなかった。
 同じ大分類の中にある、「窒息死」と「圧死」だが、大きく違うのは死に至るまでの時間だ。圧死と違って「窒息死」は瞬間的には起こらない。基礎医学の教科書などによると、一般的に成人の場合、呼吸が止まって3〜5分経った後に、脳に不可逆的な損傷が生じ、 その後、窒息死に至るとされている。

 つまり、阪神・淡路大震災で「窒息死」とされた2116人の人たちは、地震からある程度の時間は生存していた可能性があることになる。
 取材を進めると、その事実を裏付ける様々な証言に出あうことができた。同時に、それは、地震がもたらす窒息死の過酷さを物語るものだった。

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