阪神・淡路大震災から25年。6434人の犠牲者を出したこの地震の記録と記憶を来たるべき「大都市直下大地震」の教訓として生かしたい。4年前の2016年1月、NHKスペシャル『震度7 何が生死を分けたのか〜埋もれたデータ21年目の真実〜』の番組から同年、書籍が上梓され、18年には韓国版が、そして本年15日、電子版が配信される。本書の「大地震で人はどのように亡くなるのか。救えた命はあったのではないか」という問題提起から対策を考える「命を守るためのメッセージ」を5回にわたり特集する。
神戸市長田区御屋敷通周辺/ 写真提供:神戸市

◆あの日、どのように人は亡くなっていったのか

 あの時から四半世紀が過ぎた。1995年1月17日午前5時46分、兵庫県淡路島北部を震源とした兵庫県南部地震が発生。日本で初めて大都市を襲った震度7の地震は6434人の命を奪った。「阪神・淡路大震災」である。

 あの日、どのように人は亡くなっていったのか。

 2016年1月、NHKスペシャル取材班は、『震度7 何が生死を分けたのか〜埋もれたデータ21年目の真実〜』の番組の中で21年もの間埋もれていた、犠牲者の78%に当たる5036人の検案書(死亡診断書)から、当日亡くなられた一人ひとりの記録を検証。その膨大なデータ分析から、以下の「3つの時間帯で異なる死」という論点を切り口にして多くの視聴者へ「救えた命はあったのではないか」という問題を提起した。
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【3つの時間で異なる死】
①地震発生直後:3842人の意外な死因
 「なぜ、圧死(即死)はわずか8%だったのか!」
②地震発生1時間以降:火災全205件の45%(85人死亡)
 「なぜ、92件の火災が遅れて発生したのか!」
③地震発生5時間後以降:助けを待つ477人の命が奪われた
 「なぜ、救助隊は交通渋滞に阻まれたのか!」

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 この3つの論点は、多くの専門家が極めて高い確率で起こるだろうと予測する「首都直下地震」への最大の教訓と対策への視座となることは明らかである。

◆番組制作者は、あの時、そして現在をどう見ているのか

 現在でも、通用する普遍的な大地震への対策。25年前当時、NHK大阪放送局に勤務し、同番組の制作統括を務め、本書の著者でもあるNHKスペシャル取材班の代表、東條充敏(現・NHK大阪拠点放送局報道部専任部長、報道番組統括)さんに話をうかがった。

神戸市東灘区森南町2丁目付近/写真提供:神戸市

———25 年前のあの日、あの時、最も衝撃的だった記憶を教えてください。

東條充敏さん(以下「東條」と表記)­———一面の焼け野原を見た時です。ここがどのような町だったのか、まったく想像がつかない状況でした。現代の都市でこのようなことが起こることが信じられず、衝撃を受けました。さらに、赤茶けた地面のあちこちに、ダンボールの切れはしのようなものが立てられていました。そこには「(○○さん)がここで亡くなった」「(△△さん)やすらかに」というようなことが書かれていました。墓標だったのです。こんなに多くの人が亡くなったのか、昨日まで平穏に暮らしていたはずの人たちが……ショックで言葉が出ず、体が震えました。あの時の衝撃を今も鮮明に覚えています。

———犠牲者5036 人の検案書の記録を見、検証する中で、一人ひとりの死を認識された時、どのように思われましたか。また今後発生する蓋然性が高い「首都直下地震」でどのようにしたら私たちは「命を守る」ことができるのか、その教訓はなんでしょうか?

東條———犠牲者の検案書のリストには、小学生前の幼い子どもからまもなく社会人という大学生、働き盛りの30~50代、そして高齢者と、あらゆる世代の人たちの情報が載っていました。老若男女を問わず、地震の犠牲になったということを実感しました。その死因の多くは、倒壊した家屋の下敷きになったというものでした。
 1981年より前に建てられた、古い耐震基準の家・建物が「震度7」の揺れで倒壊したのです。実は、こうした古い耐震基準の家屋・建物は、現在でも数多く存在しています。日常生活の基盤となる「家が命を奪う」ということこそが最大の教訓です。そのことをきちんと理解しないと、耐震補強などの対策も、なかなか進まないと思います。

———あれから25 年、番組から4年、東條さんの「問題意識」でさらに思想深化されたことはありますか?

東條———本書(番組)のテーマでもあるのですが、地震によってなぜ命が奪われるのか、その原因、つまり「死の実像」を正しく伝えることが重要だという思いが、ますます強まっています。原因を理解し、我がことと受け止めない限り、対策は進みません。例えば、「通電火災」も、救助を妨げる「交通渋滞」も、多くの人の命を奪う原因だと、繰り返し伝えていく必要があると考えています。
 人にとって一番大切なものは、自分の命であり、家族の命であり、愛する人の命だと思います。それを一瞬で奪ってしまうのが地震です。一人でも多くの命を守るために、本書が、その一助となることを、強く願っています。


 25年前の震災の記憶は、日常の生活では風化され忘却されやすい。この四半世紀という時間が「私だけは大丈夫」という根拠のない正常性バイアスを後押ししてしまう。「命は守れる、対策もできるのに、なぜやらないのか! 」という問題は棚上げされる。そして永遠に取り返すことができない悲しみを繰り返す。
 しかし、阪神・淡路大震災の犠牲者6434人の一人ひとりの生命を想う時、「我がこと」として大地震をどう生活に内在化させ、位置付けるか、この問題意識を持つことだけでも、その時の「対処」は変わってくるはずだ。

「救えた命が救えなかったっていうのが悔しい」と当時、救援に駆けつけた消防隊員の言葉が身をもって響いてくる。

 来るべき大地震で救える命は、ある。

  阪神・淡路大震災の私たちに残してくれた「命を守るための」メッセージだ。