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中国──「公的機関の企業化」がもたらしたもの
~「水道民営化」に向かう新興国~

日本の水が危ない⑰

新興国のなかには南アフリカのように「水道民営化」に熱心でない国がある一方、その逆もあり、代表例として中国があげられる。(『日本の「水」が危ない』六辻彰二 著より

■中国「公的機関の企業化」がもたらしたもの

 新興国のなかには南アフリカのように「水道民営化」に熱心でない国がある一方、その逆もあり、代表例として中国があげられる。

 中国では水道を含む公共サービスへの民間参入が進められており、世界全体のPPP案件を記録するプライバタイゼイション・バロメーターのデータベースによると、その収益は2015年だけで1333億ドル以上にのぼる。同じ時期のEUが633億ドルだったことから、その規模の大きさがうかがえる。この背景のもと、これまでに2件の再公営化の事例があるものの、水道事業でも民間参入は進んできた。その結果、アメリカのシンクタンク世界資源研究所は、中国全土の上水道の17%以上、下水道の67%以上に民間企業が参入していると試算している。

 注意すべきは、ここでいう「民間参入」が独特の意味をもつことだ。中国では多くの国営企業が独立採算に基づき独自の経営を求められており、これらが業種を超えて水道事業に参入している。さらに、省や自治区の政府が国営企業や海外企業とジョイント・ベンチャーを立ち上げることも多い。公的機関が企業と共同で経営する点ではドイツのベルリン・モデルに近いが、多くの国営企業までもが参入し、しかもベンチマーキングなどで民間事業者に競争を促さない点で異なり、「公共サービスの民営化」というより「公的機関の企業化」と呼んだ方が実態に近い。

 公的機関が自らビジネスの主体となることは、新興国では珍しくないが、中国でとりわけ目立つ。それは中国の国内事情を反映したものといえる。

 中国における水道事業への民間参入の解禁は、改革・開放が加速した1980年代にさかのぼる。経済発展にともない都市化が進むなか、水道需要の高まりに応じきれなかった中国政府は、1991年に水道事業におけるBOT(建設、操業、移転)を導入し、これをきっかけにヴェオリア、スエズ、テムズなどが中国進出を加速させたのである。

 しかし、その後やはり料金の高騰などが多発した結果、1997年に中国政府は、それまで水道事業に参入する海外企業に売上高の12~18%を利益として保証していた「利益保証」を廃止し、海外企業にとっての旨味を減らした。最近では、2008年に共産党機関紙である人民日報の電子版が、海外企業の操業による水道料金の高騰を懸念する論評を掲載しており、これは中国で海外企業への警戒感が広がっていることを象徴する。

 ただし、中国の場合、「水道民営化」そのものも、海外企業の参入も制限されていない。その一つの目的は、中国版水メジャーを育成するためだったとみられる。つまり、中国政府にとって国営企業は重要な基盤であり、水道事業に民間参入を促すことは、国営企業に経済的チャンスを与えるものでもある。とはいえ、いきなり水道事業を担える中国企業は多くない。そのため、海外の水メジャーを全面的に排除しないことは、これと提携することで、ノウハウや技術を蓄積する機会を国営企業に与えるものでもある。また、政府や共産党にパイプをもつ中国の国営企業と提携することは、海外企業にとっても好都合だ。

 その結果、海外企業との提携に基づき、水道事業を行ってきた企業だけでなく、コンサルタント大手の北京創業やソフトウェア開発大手の清華同胞など、異業種から参入した中国版水メジャーとも呼べる巨大国営企業が台頭してきた。

 こうした背景のもと、「公的機関の企業化」は拡大している。清華大学水政策研究センターが2008年に152都市を調査した結果によると、水道事業における民間参入の手法のうち、最も多かったのは株式移転(44%)で、これにジョイント・ベンチャー(27%)、民間企業による経営(10%)と続き、かつて海外企業の活動の中心だったBOTは3%にとどまった。

 株式移転であれジョイント・ベンチャー設立であれ、自治体は企業に全て委託するわけでなく、共同で事業を行うため、水道事業を直接的に監督しやすい点に特徴がある。これに関して、アメリカのブルッキングス研究所の報告書は、プリンシパル・エージェント問題を引き起こしにくいものと評している。

 とはいえ、ただ公的機関と企業の関係が近いだけで、水道事業のパフォーマンスが向上するとは限らない。香港のNGOグローバリゼーション・モニターが2011年に6都市でインタビュー調査を行った結果、「水道が快適でない」と回答した割合は平均77・7%にのぼった。

 そのうち、最も割合が高かった広東省深?市(88・3%)では2003年、深?市が株式の55%、ヴェオリアおよび北京創業が45%をそれぞれ保有する深?水務が設立された。しかし、同社のもとで水道料金はあがり続け、例えば2010年だけで19・2%引き上げられた。その一方で、2008年段階で深?水務の純利益は2590万元(約4億836万円)にのぼり、これは同社の総資産の0・84%に過ぎなかった。つまり、自治体、海外企業、国内企業のジョイント・ベンチャーであり、深?の水道事業を独占する深?水務は、大きな利益を得ながらも、それを利用者に還元する意思は乏しいのである。

 中国では公的機関の透明性が低く、汚職も蔓延している。外部からチェックできない状況のまま、公的機関と企業が共同で事業を行っても、ただ癒着を生むだけになる可能性すらあることを、中国の経験は示している。

KEYWORDS:

『日本の「水」が危ない』

著者:六辻彰二

 

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 昨年12月に水道事業を民営化する「水道法改正案」が成立した。

 ところが、すでに、世界各国では水道事業を民営化し、水道水が安全に飲めなくなったり、水道料金の高騰が問題になり、再び公営化に戻す潮流となっているのも事実。

 なのになぜ、逆流する法改正が行われるのか。

 水道事業民営化後に起こった世界各国の事例から、日本が水道法改正する真意、さらにその後、待ち受ける日本の水に起こることをシミュレート。

 

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六辻彰二

むつじしょうじ

国際政治学者

1972年生まれ。博士(国際関係)。国際政治、アフリカ研究を中心に、学問領域横断的な研究を展開。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。著書、共著の他に論文多数。政治哲学を扱ったファンタジー小説『佐門准教授と12人の政治哲学者―ソロモンの悪魔が仕組んだ政治哲学ゼミ』(iOS向けアプリ/Kindle)で新境地を開拓。Yahoo! ニュース「個人」オーサー。NEWSWEEK日本版コラムニスト。


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  • 彰二, 六辻
  • 2019.03.13