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花のお江戸で戦国めぐり③芝・増上寺の弐

季節と時節でつづる戦国おりおり第401回

 天海といえば江戸の風水を設計した人物として知られ、日光東照宮も彼が推進し3代将軍・家光が仕上げたものでしたが、一方の観智国師は上野国新田に大光院の建立を担当しています。

 これが実に意味深でして、家康が公的な先祖としていた新田義重(南北朝期の名将・新田義貞の8代前)の墓所として創始したものの、お手元に地図が有れば、見てみて下さい。日光東照宮から久能山東照宮に至る一直線上に、大光院があるのです。

 慶長18年(1613)にこの寺が開かれたタイミングでは家康は健在ですが、この頃すでに久能山・日光を自分の葬地にするという構想があったとすれば、相当おもしろい話になりそうです。江戸城を頂点としたトライアングルの底辺部をこの大光院が守る機能を期待されていた、ということになりますから。

 閑話休題。展示を見学した後は、増上寺の増上寺たる由縁、徳川家霊廟へ。かつては特別な時しか見学できませんでしたが、現在毎週火曜日以外は毎日入ることができます。

 

 2代将軍秀忠と正室・お江のお墓。かつて襞忠さんの御廟は現在のプリンスホテルのパークタワー東京の位置、お江さんのお墓は現在の境内敷地の南端にありましたが、開発にともない今のおふたりご一緒のお墓となっています。展示室にはかつての秀忠廟の巨大な模型もありますので、ぜひご覧になって往時の規模を想像してみて下さい。

 最後は、増上寺から外に出、銀杏坂を北に進んで安蓮社さんに行きましょう。この寺院は増上寺さんの塔頭です。

 

 こちらにあるのが、写真中央の観智国師のお墓。ちなみに左隣りは、増上寺開基の聖冏(しょうげい)了誉上人のお墓です。

 以上、秋空の下、仕事の合間の戦国めぐりでした。

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橋場 日月

はしば あきら

はしば・あきら/大阪府出身。古文書などの史料を駆使した独自のアプローチで、新たな史観を浮き彫りにする研究家兼作家。主な著作に『新説桶狭間合戦』(学研)、『地形で読み解く「真田三代」最強の秘密』(朝日新書)、『大判ビジュアル図解 大迫力!写真と絵でわかる日本史』(西東社)など。


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