「直観」でものごとを判断するということ【中野剛志×適菜収】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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「直観」でものごとを判断するということ【中野剛志×適菜収】

中野剛志×適菜収 〈続〉特別対談第3回

 

中野:これは、小林秀雄が「理論は行為の中にある」と言っていたのと同じ話です。まず、行為によって、つまり現実世界に深くかかわることを通じて、暗黙知を体得しておく。その暗黙知の中に明示的な理論が隠れている。そして、あとでその暗黙知の一部が理論として表に出てくる。これは、特に保守主義に顕著な認識論ですね。

 

適菜:そうです。だから保守思想家は明示的に表せないことを重視したのですね。ポランニーはこう言います。《世に謳われた近代科学の目的は、私的なものを完全に排し、客観的な認識を得ることである。(中略)しかし、もしも暗黙的思考が知(ナリッジ)全体の中でも不可欠の構成要素であるとするなら、個人的な知識要素をすべて駆除しようという近代科学の理想は、結局のところ、すべての知識の破壊を目指すことになるだろう》(同前)

 

中野:前回の対談で「なぜ人を説得できないか?」について話しましたが、これも同じです。つまり、暗黙に答えを知っているけれどうまく言えなくて「分からない」と言っている人に対して、「あなたが考えているのは、本当は、こうじゃないか」と導くようにして、相手が暗黙知として知っていることを明示的な答えにしてあげる。いわゆる「気づきの機会を与える」ってやつですね。そうすると、もし初めから暗黙に同じ答えに到達している相手だったら、「そうか」と分かってくれるわけです。しかも、説得されたほうも、まったく知らなかったことを知ったというよりは、「最初から俺もそう思ってたんだ」って気になるんですよ。これが説得するということです。

 

■「理解する」とはどういうことか?

 

中野:小林秀雄が孔子や仁斎について論じているときに出てきますが、孔子の教育方法がまさにこれだったようですね。相手の思考を言わばツンツンたたいて、元々分かっているものを出してあげるというのが、孔子の教育法であったというのです。

 答えが「分かる」って言いますよね。これって、暗黙知の中から、言葉で明示的に示せる答えを「分ける」ということなのかもしれませんね。ここで、前回対談した「説得の難しさ」という問題につながってくる。自分の力で暗黙知を体得していない人間に、いくら説明しても理解のしようがない。答えが埋まっている暗黙知を持っていない人からは、答えを引き出しようもないからです。

 

適菜:師が「こいつは見込みがない」と言うときは、そういうところを見ているのかもしれませんね。ものごとを発見する天才は、「ひらめき」に依存するのではなくて、答えにたどりつく「手掛かり」を体の中に地道に探す。ゼロから何かが生まれるわけでもなければ、天から啓示が下りてくるわけでもない。

 

中野:ウイルス学者の宮沢孝幸氏の「目玉焼き理論」は、下りてきたそうですが(笑)。

 

適菜:京都大学准教授の困った獣医ですね。2020年11月28日に宮沢はこうツイートしています。

《実は目玉焼きモデルは私のアイデアではなく、守護霊のアイデアです。うたた寝の時に教えてくれました。教えてくれた守護霊さんに感謝してます。まるで曼荼羅のような図が出てきたのです。うたた寝しながら、なるほどと納得してました。私の守護霊さんは私を叱咤激励してくれます。まだ頑張れるだろと》

 社会不安に乗じて現在カルトが拡大しています。宮沢は陰謀論者の武田邦彦とかともつるんでデタラメな発言を繰り返していました。次は大川隆法と対談ですかね。予知という話に戻ると、初対面のときに「こいつやばいぞ」とうっすら思って、3年経ってから証明されたみたいな話って、よくあるじゃないですか。

 

中野:あります、あります。

 

適菜:それはやっぱり、自分の心の深い場所で「知っていた」のだと思います。潜在意識と暗黙知は別物ですが、それがいろいろな要因が重なり、はっきり意識の表面に浮かんでこなかった。

 

中野:そうなんですよ。これは反省しなければなりませんが、「あいつ何か変だ。どうも偽物だ」って感じていた人間と付き合って失敗したことは、最近もありました。最初から「偽物だ」だとうすうす分かってたんだけど、「何の根拠もなく、直観とかで人を判断するのはよくない」と自分に言い聞かせてしまいました。「自分の偏見かもしれない」とか、あるいは「そういう食わず嫌いは良くないから、ちゃんと付き合って分かり合おうよ」とか、子供の時、友達付き合いに関して、そういうことを親や学校の先生に説教されますよね。まあ、それもそうかもしれないというわけで、「初印象が悪いからって付き合わないのは良くないな」「いいところもあるのだから、いいところだけ見て付き合えばいい」なんてお利口さんに思って付き合ってみるのですが、それが成功した試しがないんですよ。

 

適菜:ははは。そういう経験は私もすごくあります。そこで、自分が偏屈なのか、相手がおかしいのか、見極めるのはなかなか難しい。その両方ということもありますが。

 

中野:そんな失敗の経験が重なると、自分も歳とってきたので、だんだん傲慢になってきちゃって、めんどくさいから、第一印象で決めつけるようになってきた(笑)。もちろん、そんなふうに傲慢になるのも良くないだろうし、最初の直観を間違えることもいくらでもあるので、気を付けないといけないんですがね。前回の対談で話題になった「自己欺瞞」ではないけど、たまたま、自分が自分自身の不甲斐なさにイラ立って不満があったところ、自分より優れた人間やうまくやっている人間がいたので、嫉妬を覚えて「こいつは顔が嫌いだ」とか決めつけるとか、そういった罠もあるじゃないですか。人間、いくらでも自分を騙しようがありますから。そういうこともいろいろ考えた上で、「確かに第一印象で判断してはいけないな」と自分に言い聞かせて、内心では「こいつ、何か変だな」「はっきり言えないが、どうも偽物っぽいな」と思っている人間とも我慢して付き合ってみるのですけど、悲しいかな、そういう人間関係は、まず失敗しますね。

 

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中野剛志/適菜収

なかの たけし てきな おさむ

中野剛志(なかのたけし)

評論家。1971年、神奈川県生まれ。元京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治思想。96年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。01年に同大学院にて優等修士号、05年に博士号を取得。論文“TheorisingEconomicNationalism”(NationsandNationalism)NationsandNationalismPrizeを受賞。主な著書に『日本思想史新論』(ちくま新書、山本七平賞奨励賞受賞)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『日本の没落』(幻冬舎新書)、『日本経済学新論』(ちくま新書)、新刊に『小林秀雄の政治哲学』(文春新書)が絶賛発売中。『目からウロコが落ちる奇跡の経済学教室【基礎知識編】』と『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】』(KKベストセラーズ)が日本一わかりやすいMMTの最良教科書としてベストセラーに。

 

 

適菜収(てきな・おさむ)

作家。1975年山梨県生まれ。ニーチェの代表作『アンチクリスト』を現代語にした『キリスト教は邪教です!』、『ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体』、『ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒』、『ミシマの警告 保守を偽装するB層の害毒』、『小林秀雄の警告 近代はなぜ暴走したのか?」(以上、講談社+α新書)、『日本をダメにしたB層の研究』(講談社+α文庫)、『なぜ世界は不幸になったのか』(角川春樹事務所)、呉智英との共著『愚民文明の暴走』(講談社)、中野剛志・中野信子との共著『脳・戦争・ナショナリズム近代的人間観の超克』(文春新書)、『安倍でもわかる政治思想入門』、清水忠史との共著『日本共産党政権奪取の条件』、『国賊論 安倍晋三と仲間たち』『日本人は豚になる 三島由紀夫の予言』(以上、KKベストセラーズ)、『ナショナリズムを理解できないバカ』(小学館)、最新刊『コロナと無責任な人たち』(祥伝社新書)など著書40冊以上。「適菜収のメールマガジン」も配信中。https://foomii.com/00171

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