フランクフルト中央駅発のSL列車(後編) |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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フランクフルト中央駅発のSL列車(後編)

思い出のヨーロッパの鉄道紀行

フランクフルト中央駅を発車

 23形蒸気機関車牽引SL列車の乗車を楽しんだ翌年、1999年夏も再びドイツのフランクフルトを訪れることになった。当時は、今ほどネット情報が容易に得られることもなかったものの、前年同様、オーデンヴァルト線OdenwaldbahnをSL列車が走ることはわかり、それも大型蒸機の雄ゼロイチ(01)形牽引だと知った。沿線やSL列車車内の様子は前年に堪能していたので、今回は撮り鉄に専念することとした。

 運転当日、フランクフルト中央駅へ赴くと、前年の何倍もの鉄道ファンの姿があった。さすがゼロイチは人気者だ。往年の特急列車牽引機ゼロイチは23形より一回り大きく颯爽としている。

 この01形118号機は、地元のファンクラブの所有で、ドイツがまだ分断されていた頃、当時の東ドイツから譲り受けた機関車だ。門鉄デフに似たウィッテ式除煙板ではなく、製造当初のオリジナルである大きなワグナーデフを取り付けているのも鉄道ファンの心をくすぐる。

 じっくりと発車を撮影するため、ゼロイチが停車している反対側のホームから狙う。鉄道ファンなら考えることは同じで、ほどほどの間隔を置いてファンがカメラを構えている。日本だったらぎっしり密になり、ロープでも張って混乱を防ぐところであろうが、そんなことは全くない。大勢といっても、ゆったりと撮影できる人数なのだ。しかも三脚を立てたりしている人はほとんどいない。和気あいあいと発車シーンの撮影を楽しむ。

 ほぼ定時。ドイツのSLらしく図体に似合わない甲高いどこか女性的な汽笛を鳴らして、悠々と発車していった。さて、後続の列車で追いかけようとしたら、見たことのある日本人がいる。ドイツを始め海外の鉄道に詳しいN先生、当時の私と同じ高校教師である。さすが、撮影場所に詳しいので、同行してご案内していただけることになった。

フランクフルト中央駅を発車するゼロイチ

 さっそくDB(ドイツ鉄道)の急行列車、すなわち特急に相当するInterCity(インターシティ)よりワンランク下に位置するInterRegio(インターレギオ)に乗ってダルムシュタットへ。幹線からオーデンヴァルト線が分岐する駅である。列車が到着する目前に、車窓からは後ろ向きに客車を牽引して発車するゼロイチとすれ違う。

1999年のSL運転時刻表

 ダルムシュタットからはオーデンヴァルト線のローカル列車に乗り換えた。当時のドイツではよく見かけたステンレス客車が連なった列車で、かつてのDD54形によく似たディーゼル機関車が押していくプッシュプル・トレインだ。

カイルバッハまで乗車したローカル列車

 単線のローカル線をのんびりと進み、終点のエーバーバッハEberbachの手前の山中にあるカイルバッハKailbachという小さな駅で下車。ここで、エーバーバッハ発のゼロイチ牽引列車を待つことになった。古びた駅舎は誰もいないようで廃墟みたいだ。かつては賑わったものの、過疎化が進んでいるローカル線沿線というのは、ドイツも同様である。ホームは雑草が生い茂り荒れ果てている。もっとも、日本と異なり、路面電車の安全地帯のように低いので、雑草に覆われると、ホームがあるかどうかは判然としない。撮影するにあたっては、列車の足回りが隠れることもないのでかえって好都合である。

カイルバッハ駅舎、誰もおらず廃墟のようだった

カイルバッハ駅近くの集落

 今回のゼロイチ運転区間には使用できる転車台がないようだ。それゆえ、終点に着いたらゼロイチを列車の最後尾に付け替え後ろ向きのまま運転するのだ。フランクフルト中央駅を発車し、ダルムシュタットで後ろ向きになってエーバーバッハへ。そして、今度エーバーバッハを発車するときは正方向となってやってくるのだ。

 待つことしばし。遠くで甲高い汽笛が響き、ドラフト音が近づく。日本で馴染んだシュッシュッシュッというゆっくりしたリズムではなく、かなりのハイテンポで近づいてくる。まるで幹線を激走する特急列車のように目も眩むような速さで眼前を通り過ぎていった。とてもローカル線を走る列車とは思えない。線路状態がよいのであろう。優等列車を牽引したゼロイチの貫禄十分である。

カイルバッハ駅を通過するゼロイチ牽引列車

 それほど待つことなく、ダルムシュタット方面へ戻るローカル列車がやってきたので乗り込む。前年同様、SL列車はエアバッハErbachで休止し、再びエーバーバッハへ折り返す。それで、エアバッハで下車し、給水しているゼロイチを観察したり、こちらも昼休みの時間とする。エアバッハからは、後ろ向きになったゼロイチが客車に連結される。やがて発車時間となり、ゆっくりとエーバーバッハへ向けて発車していった。バック運転のゼロイチというのも珍しい姿だ。ダルムシュタット発車の様子は、インターレギオ車内から目撃しただけだったので、貴重なシーンの撮影ができて満足である。

給水するゼロイチ

バック運転でエアバッハ駅を発車するゼロイチ

 N先生とは別れ、ひとりでエーバーバッハに向かう。当時の最新型ディーゼルカー2両編成のローカル列車だ。昼前に乗った客車列車は、むしろ珍しい編成で、ディーゼルカーが主流のようである。

エアバッハ駅

エーバーバッハ行きのディーゼルカーに乗車

 エーバーバッハ駅ではフランクフルトに向けて発車するゼロイチの雄姿をカメラに収めることができた。やはり煙を盛大に吐いて出発するSL列車の雄姿は見ごたえがある。オーデンヴァルト線の列車本数は少ないので、帰りはエーバーバッハ駅を出る別の電化路線を走る列車でハイデルベルクに向かい、優等列車に乗り換えてフランクフルトに戻ることにした。最後はゆったりと特急インターシティの1等車の旅。ユーレイルパスがあるからこそできた優雅な鉄道旅で締めくくった。

クラブ車という表示のある食堂車

エーバーバッハ駅を発車するゼロイチ

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野田 隆

のだ たかし

1952年名古屋生まれ。日本旅行作家協会理事。早稲田大学大学院修了。 蒸気機関車D51を見て育った生まれつきの鉄道ファン。国内はもとよりヨーロッパの鉄道の旅に関する著書多数。近著に『ニッポンの「ざんねん」な鉄道』『シニア鉄道旅のすすめ』など。 ホームページ http://homepage3.nifty.com/nodatch/

 

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