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フランクフルト中央駅発のSL列車(前編)

思い出のヨーロッパの鉄道紀行

フランクフルト中央駅で発車を待つ23形蒸気機関車

 日本からドイツへ飛ぶと到着するのがフランクフルトであることから、ひところヨーロッパ旅行の最初と最後はフランクフルトに滞在していた。その中央駅でSL運転のポスターを見かけて気になっていたのだが、1998年8月は、何とか都合をつけて乗ってみることにした。列車は、フランクフルト南郊のオーデンヴァルトOdenwald という丘陵地帯を駆け抜け日帰りで戻ってくるプランだった。

イラスト入りのサボ(行先表示板)

 1998年は5月から9月にかけての週末に合計20往復運転していた。本数が多いせいか、前日にわけなく指定券が予約でき、あまりのあっけなさに拍子抜けしてしまった。当日朝、フランクフルト中央駅のホームに行ってみると、鉄道ファンがパラパラいる程度。日本の都会のターミナル駅からSL列車が発車するとなれば、ファンや野次馬が殺到して大変な騒ぎになるところだ。実にのんびりしていて、本当にSL列車が発車するのかな、と不安になるくらいだった。発車時間の20分くらい前に車両基地から客車を先頭にしてSLが列車を押すようにバックでホームに到着した。機関車は23形105号機。西ドイツ(当時)で最後に製造された蒸気機関車で、1959年製だから意外に新しい。1C1という軸配置は、日本のC58形と同じで、貨客両用の中型機である。ウィッテ式という門鉄デフに似た除煙板がカッコいい。ホームに停車すると、たちまち機関車の周りに人だかりができるのは、ドイツでも同じだ。もっとも三脚を広げて撮影するような人はなく、1眼レフや小型のカメラで静かに撮影する人がほとんどだった。

往復乗車券と往路の指定券

 客車は、3軸車や2軸車という貨車のような小型でダークグリーンに塗られた車両が連なり、赤い食堂車だけが普通の客車のように長い車両でひときわ目立っている。全部で8両編成だが、短い車両が多いので、普通の列車なら4両編成くらいの長さだろうか。

終点エーバーバッハで待機中のSL列車

2軸の旧型客車

 指定券をチェックして客車に乗り込む。出入口が車体の外にある遊園地の車両のようだ。相当な年代物で木の椅子なので座り心地は快適とはいえないけれど、レトロな雰囲気は楽しい。小さな子供連れの家族は大はしゃぎで、郊外へピクニックに出かけるようだ。

SL列車の行程表

 甲高い汽笛が鳴って発車。ごとごとと動き出す。広々とした構内とそれに隣接した車両基地の脇をかすめ、左に大きくカーブしながら築堤を駆け上がっていく。特急列車が頻繁に走る幹線なので、追いつかれないように精一杯のスピードで進む。通過するフランクフルト市内のホームでは驚いたようにSL列車を振り返る人やあらかじめ知っていたのかカメラを向ける人もいた。

客車のオープンデッキ付近

 複線電化の幹線を必死に走ること30分たらずでダルムシュタット中央駅に到着。ここからOdenwaldbahn (オーデンヴァルト線)という非電化単線のローカル線に乗り入れる。といっても線路の配置の関係で、そのまま進むことはできず、一旦機関車が切り離される。どうなるのか注目していると、機関車はバックしながら脇の線路を通り抜け、列車の最後尾に連結された。少し休んだ後、後ろ向きのまま発車した。ここから進行方向が逆になったのである。4人掛けのボックス席は相客がいなかったので、進行方向に合わせて席を移動する。

異彩を放つ赤い食堂車

食堂車内部

 幹線からローカル線に入ったので、列車もスピードを落とし、のんびりと進む。客車の連結部に出てみると、外なので風が気持ちよい。子供がデッキの手すりを握りながらぼんやりと車窓を眺めていた。ゆるやかな丘陵地を走り抜け、各駅停車ではないものの、結構こまめに停車していく。とくに予定はないので、とりあえず終点のエーバーバッハEberbachまで乗り通すつもりだ。

給水中の23形蒸気機関車

 日本のSL列車は終点まで行って、折り返すだけだが、この列車はちょっと興味深い行程を辿る。どういうことかというと、終点からフランクフルトへ戻る行程の前に、途中駅のバート・ケーニッヒ Bad Koenig まで1往復するのだ。しかも行きは途中のErbach(Eberbachと似た駅名だが異なる場所なので紛らわしい)で1時間少々停車して、その間に機関車の給水を行う)。単純にどこかで下車してハイキングなどを楽しむもよし、間の1往復中に「撮り鉄」を行うもよし、とことん乗車するもよし、と色々な楽しみ方ができるように列車ダイヤに工夫が凝らされているのだ。

ミッヒェルシュタット駅に到着したSL列車

 何の下調べもしてこなかったので、終点からそのまま折り返し、エアバッハ駅で機関車が給水を行う様子を眺めたり、バート・ケーニッヒ駅での折り返すために機関車を付け替える様子を撮影したりした。車内では食堂車でランチを食べるのも忘れない。そこで知り合ったドイツ人夫婦とは今でもクリスマスカードのやり取りがある。

木組みの家並が美しいミッヘルシュタット

 次の日曜日も沿線に繰り出し、途中のミッヘルシュタットでSL列車を撮影した後、木組みの家並が美しい市内を見て回った。ただし、本格的な「撮り鉄」をしなかったのが、心残りだった。しかし、これは翌年、実現することになるのである。(つづく)

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野田 隆

のだ たかし

1952年名古屋生まれ。日本旅行作家協会理事。早稲田大学大学院修了。 蒸気機関車D51を見て育った生まれつきの鉄道ファン。国内はもとよりヨーロッパの鉄道の旅に関する著書多数。近著に『ニッポンの「ざんねん」な鉄道』『シニア鉄道旅のすすめ』など。 ホームページ http://homepage3.nifty.com/nodatch/

 

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