【大坂冬の陣・野田福島の戦い跡を歩く【後編】】 | BEST T!MESコラム

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大坂冬の陣・野田福島の戦い跡を歩く【後編】

季節と時節でつづる戦国おりおり第345回

 なお、前出の極楽寺の前にはこんな石灯籠もあります。21人の農民が犠牲となって証如を守ったことに感謝した証如の書状によって毎年その8月9日を法事の日としている、という説明が刻まれていますね。

 

 ちなみにこれとは別に、北へ100メートルほどのところにある玉川コミュニティセンターにも「二十一人討死之碑」が建てられています。

 続いて元亀元年(1570)8月には三好党6000あまりが福島にかけての一帯に立て籠もり、信長を迎え撃って本願寺蜂起のきっかけを作るという大事件の舞台になっています。

 

 野田城は6年後にようやく信長の手に落ちるのですが、それから38年後、大坂冬の陣でまたも戦火に遭います。西方の新家にある豊臣水軍の拠点を防衛するためにすぐ東隣りの下福島、それに北の上福島と大坂方の砦が築かれていたのですが、3300の守備兵は幕府軍の急襲を受けほぼ無抵抗で逃走。野田城跡一帯は幕府軍の制圧下に入ったのでした。

 ところで、この取材を終えてなんばに戻ると、南海の改札前で九度山の観光誘致イベントとして真田幸村さまがグリーティングをされておられました。

 

 あまりの奇遇さにビックリ。いやはや、縁は異なもの、味なものでございます。

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橋場 日月

はしば あきら

はしば・あきら/大阪府出身。古文書などの史料を駆使した独自のアプローチで、新たな史観を浮き彫りにする研究家兼作家。主な著作に『新説桶狭間合戦』(学研)、『地形で読み解く「真田三代」最強の秘密』(朝日新書)、『大判ビジュアル図解 大迫力!写真と絵でわかる日本史』(西東社)など。


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