【男が一線を退くとき。そのとき妻は…。ノムさん・サッチーの場合】 | BEST T!MESコラム

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男が一線を退くとき。そのとき妻は…。ノムさん・サッチーの場合

野村の哲学ノート④

もう俺は終わったのか――。男が長年勤めあげた職場を去り、一線から退く決断をするときは弱気になるものだ。対して女性は意外とあっけらかんとしている。現役引退を決意したノムさんが、サッチーこと故・野村沙知代さんからかけられた言葉とは。新刊『野村の哲学ノート「なんとかなるわよ」』から紹介しよう。

■川勝オーナーの口添えで2球団に移籍

写真/高橋亘

 ホークスをクビになったのは、女性問題が原因であって、プロ野球選手として失格の烙印を押されたわけではない。「人の噂も七十五日」ということわざもあるように、もしかしたら時間が経てば、どこかの球団から誘いがあるかもしれない。

 私としては、プロ野球の世界に残ることをほとんど諦めながらも、心の片隅で一縷の望みを持っていたのも事実だ。そして、それが通じたのか、ロッテオリオンズに選手として声を掛けてもらって1年間、西武ライオンズに移籍して2年間プレーすることができたのである。

 実は、私がこの2つの球団に移籍することになった裏側には、ホークスの川勝オーナーの存在があった。

「野村は野球の知識が豊富だし、現役としてもまだ使える。きっとチームのためにもなるから採ったほうがいい」

 と、それぞれの球団のオーナーに口添えをしてくれたのだ。ホークスに在籍していたときだけではなく、辞めてもなお、川勝オーナーにはお世話になるばかりで、本当に頭が下がる思いだった。

 結局、私は45歳まで現役生活を続けることができたのだが、引退を決意したきっかけとして、このようなことがあった。

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野村 克也

のむら かつや

1935年、京都府生まれ。1954年にテスト生として南海ホークスに入団。1980年に45歳で現役を引退、解説者となる。1990年には、ヤクルトスワローズの監督に就任し、4度のリーグ優勝、3度の日本一に導く。1999年から3年間、阪神タイガースの監督、2002年から社会人野球のシダックス監督、2006年から東北楽天ゴールデンイーグルスの監督を歴任。2010年に再び解説者となり、現在、多方面で活躍中。


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