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「悪霊」としてのトランプ現象【仲正昌樹】

 九〇年代以降、大企業の生産拠点の中国など海外への移転やヒスパニック系の移民の増大による、アメリカ国内での労働需要の低下に対する不満がこうした層を中心に強まっていた。二一世紀に入ると、アルカイーダやイスラム国のテロが報道されるにつれ、アラブ・イスラム系の市民をテロの温床と見なす偏見も強まった。こうして、白人貧困層を中心に広がりつつあった、グローバル化への不満や偏見は、“弱者”に味方し、グローバル化を推進するリベラル=民主党への批判に結び付きやすい。

 トランプ氏は、“グローバル化”と“似非弱者に味方するリベラル”という、元々重なっていた二つの敵のイメージを完全に合体させたうえで、その“巨大な敵”から“(本当の)アメリカ人”を守る守護者として、自分のイメージ作りをした。しかし、差別的なニュアンスの言葉遣いを多用して、反グローバリズム・反多文化主義を煽ったため、Foxテレビなど一部の新しい保守系メディアを除いて、大手のテレビや新聞の大半が反トランプに回った。白人中心主義・差別主義的と見られるのを嫌ったのだろう。

 トランプ氏はそれを逆手にとって、グローバル資本と利害を共有するCNNなどのマスコミは、国民を騙すフェイクニュースの媒体だとtwitterを通じて主張し、マスコミ不信を煽るという手法を取った。一九世紀半ばにジャーナリズムが第四の権力と呼ばれるようになって以来、大手の新聞やテレビに対して不信感を抱き、敵対的な態度を取る政治家は数多くいたが、新興のメディアを自らフルに活用し、旧来のメディアによる報道の在り方をほぼ全否定するという戦略を取ったのは、トランプ氏の“先見の明”である。

 今回の大統領選をめぐる報道では、辛うじて友好的な関係を保っていたFoxやニューヨークポストなどの保守系メディアとも袂を分かった。選挙結果やそれを覆すための訴訟が、自らに不利に展開していることを認めたくないトランプ氏は、twitterを通じての自らのメッセージこそ“真実”であり、それだけに耳を傾けるよう支持者を誘導するに至った。

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仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

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