【ついに悲願の優勝。川崎F・中村憲剛の“想像力”はどう養われたのか】 | BEST TiMESコラム

BEST TiMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ

ついに悲願の優勝。川崎F・中村憲剛の“想像力”はどう養われたのか

中村憲剛選手12月毎日更新 Q1 試合中のプレーに見られる“発想力”や“想像力”はどうやって培ったのですか?

一流の秘密を聞く「30問30答」、今回は初タイトルを獲得した川崎フロンターレ・中村憲剛選手。あっと驚く意外性のあるプレーや、イマジネーション豊かなサッカー。その発想力や想像力の源はどこにあるのでしょうか?

情報が限られていたからこそ身についた力

 小・中学生の頃は、ワールドカップの総集編やスター選手のプレー集といった映像を、それはもうすり切れるほど見ていましたね。当時はビデオテープでしたけど、繰り返し、繰り返し、何度も、何度も見ていました。

  覚えているのは、1986年メキシコ、1990年イタリア、1994年アメリカワールドカップ。他にはあのディエゴ・マラドーナが、セリエAのナポリで優勝した1年間に密着したプレー映像。そうしたビデオを親に買ってもらっては、暇さえあれば見ていました。当時は、スマートフォンもなければ、試合やプレー映像を見る機会も限られていた時代。今の環境と比べると、かなり不便でしたね(苦笑)。

 ただ、発想力や想像力を養うには、逆にそれが良かったとも思っているんです。ビデオにしても、親にお願いしてようやく買ってもらったものだから、しっかり見なければという意識が子どもながらに働く。だから、1分1秒余すことなく、見ようとしますよね。その一方で、今は情報があふれているし、インターネットで検索すれば簡単にスター選手のプレー動画も無料で見られてしまう。その分、映像の価値やありがたみといったものも薄れてしまうような気がします。要するに、選ぶものが多すぎて、発想力を養うという点においては、阻害されてしまっているのかなと思うんですよね。

 
次のページ強くなりたいという飢え

KEYWORDS:

オススメ記事

中村 憲剛

なかむら けんご

プロサッカー選手。川崎フロンターレ所属(背番号14)。

1980年10月31日生まれ。東京都小平市出身。6歳のときに府ロクサッカークラブでサッカーを始め、小金井第二中学校、都立久留米高校、中央大学を経て、2003年に川崎フロンターレに加入。2016年、歴代最年長の36歳でJリーグアウォーズ最優秀選手賞を獲得。プロ15年目を迎えた2017年現在も、チームの中心選手として活躍中。


この著者の記事一覧