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旧大宮市にある「膝子」。その悲しき由来とは?

埼玉地名の由来を歩く⑩

全国5位730万人もの人口を抱える埼玉県の歴史を地名で紐解く。地名の由来シリーズ最新刊『埼玉地名の由来』から、著者・谷川彰英が旧大宮の珍地名「膝子」の由来を歩く。

「膝子」での執念

 もう一つ、旧大宮市に面白い地名を発見! 「膝子」と書いて「ひざこ」と読む。この地名発見の手がりになったのは、『新編武蔵風土記稿』の次の記述であった。

〇膝子村 

 膝子村は江戸より行程八里余、村名の起りを尋るに、往昔農夫某が妻懐妊して異形ものを生めり、その体を見るに人の膝の如くなればとて、当所をさして膝子と異名に呼しより、終に村名となれりと云、覚束なきことにて取べき説にもあらざれど、土人の伝る儘を暫く記せり

 これを読んで、この地名を取り上げてみようと思った。その昔、農夫の妻が「異形のもの(子ども)」を生んだが、その体が「人の膝のようになっていた」ことにより「膝子」という村名が生まれたというのである。

 現代で言えば障害者ということになるが、そのような出来事が地名に残されているというケースは私の見る限りでは初めてのことである。考えてみれば、鳥取県の「鳥取」という地名が垂仁天皇の皇子が「マコトトワズ」、現代風に言えば言語障害でうまく話すことができなかったということに由来するという話はよく知られている。障害者にまつわる地名伝承はないわけではないが、多くは記紀の神話伝承にまつわるもので、地域に潜んでいる同種の地名は数少ないと言ってよい。

 さらに、『風土記稿』にはこうも記されている。

塚 膝子塚 村の西北にあり、はばり三間余、高一丈許、これ村名の條に弁ぜし農夫が妻の生し、異形のものを爰に埋めしと云

 これを読んだ時、どうしてもこの塚をこの目で見たくなった。どんな思いで農夫はこの塚を作ったのだろう? その塚は果たして今もあるのだろうか。矢も盾もたまらず、タクシーを飛ばして膝子を目指した膝子村は本書でも随所に紹介している日光御成道(おなりみち)沿いにあった。膝子一里塚が目安で、その一里塚はすぐ見つけることができた。

  

▲膝子塚の一里塚

だが、その近くにあるはずの膝子塚はなかなか見つからない。地元の古老何人にも訊いてはみるものの、そのような塚は見たことも聞いたこともないという。

次のページ膝子塚は存在するのか…

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谷川 彰英

たにかわ あきひで

筑波大名誉教授

1945年長野県生まれ。ノンフィクション作家。東京教育大学(現・筑波大学)、同大学院博士課程修了。柳田国男研究で博士(教育学)の学位を取得。筑波大学教授、理事・副学長を歴任するも、退職と同時にノンフィクション作家に転身し、第二の人生を歩む。筑波大学名誉教授。日本地名研究所所長。主な作品に、『京都 地名の由来を歩く』シリーズ(ベスト新書)(他に、江戸・東京、奈良、名古屋、信州編)、 『大阪「駅名」の謎』シリーズ(祥伝社黄金文庫)(他に、京都奈良、東京編)『戦国武将はなぜ その「地名」をつけたのか?』 (朝日新書)などがある。



 



 


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  • 2017.08.09