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12~13。カズオ・イシグロを“数字”で読む。「名翻訳家」が出した数字の意味とは?

フォグカウントと、グレードレベルから分析 土屋政雄氏インタビュー②

翻訳には波がある。徹底的な推敲によってならしていった

 さらに面白かったのが、章ごとのバラツキです。一人の作家の一つの作品を一人の翻訳者が訳すわけですから、どの章でもパーセンテージはほぼ同じ、グラフに表せば水平線になると思いますよね? でもそうではない。

 じゃあその波がどこから来るのか。分析しますと、まずは翻訳者本人の気持ちの浮き沈みです。『今日は気分がいい』とか、『今日はやりたくないな』とか、はたまた『今日はちょっと熱があるな』とか。そういった毎日の調子が訳文を多少なりとも狂わせている。

 他には、波がはっきりしすぎていて、"第三者"の関与を疑わせるパターンもありました(笑)。大学教授が、この章は学生たちにやらせたな、とか。まあ余談にはなりますが。とにかく私は読者のことを考えれば、そういった波はなくすべきだと思っています」

 それをなくすためには、どうすればいいのか。

「私の場合はとにかく推敲を毎日繰り返したんです。新しい所に取り掛かる前に前日までの訳を見直す。そうして日々の気分の差をならしていきました。いつ読んでも、『この文は自分の翻訳だ』と思えるように徹底的に推敲しました。行きつ戻りつなので、時間がかかりましたね」

写真:TT News Agency/アフロ

 数々の名訳も、こうした翻訳家の丁寧なブラッシュアップを経てわたしたちに届けられていたのだ。ここで、カズオ・イシグロ作品について聞いてみた。翻訳家の目から見て、どんな文章だったのか。

「イシグロの文章はやっぱり読みやすいんじゃないですかね。彼はひとつ意識していることがあって、『イギリス人のため』だけには書きたくない。反対に、フィリップ・ロスという作家がいますが、彼なんかは頭の中はアメリカだけ。アメリカ国内でしか通用しない表現が多いです。

 イシグロの場合はイギリス人。アメリカの人口が3億超に対して、イギリスは6千万超ですよね。だからマーケットの問題でもあると思いますが。とにかくイシグロは世界の読者に向けて書くということを意識しているようです。だから私が翻訳していても、特殊な表現方法とか、特殊な話題であるとか、つかえる所はなかった」
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土屋 政雄

つちや まさお

翻訳家。主な訳書に『日はまた昇る 新訳版』(アーネスト・ヘミングウェイ)、『ダロウェイ夫人』(ヴァージニア・ウルフ)、『ねじの回転』(ジェイムズ)、『コンゴ・ジャーニー』(レドモンド・オハンロン)、『エデンの東』(ジョン・スタインベック)など。ほか『日の名残り』にはじまり、『わたしを離さないで』、『忘れられた巨人』などカズオ・イシグロ作品を数多く翻訳。


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