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【コロナと向き合う】今こそ日本人の創造力を問う「近代日本医学のふるさと」北里柴三郎記念館を訪ねて《荒井広幸のふるさと青い鳥》

脚気論争と細菌学……日本医学の原点を見る

■脚気論争では師匠を論破 医道は国民のためにある

北里研究所北里柴三郎記念室の医学博士・森孝之氏より世界初の破傷風の純粋培養に成功した「嫌気性菌培養装置(模型)」の説明。(写真:永井浩)

 

荒井——北里先生と言えば、「近代細菌学の祖」ドイツのコッホの弟子です。熊本医学校から東大医学部に進みました。北里大学の学祖で、慶應義塾大学医学部の初代医学部長でもある。第1回ノーベル賞候補、また世界初の破傷風菌の純粋培養に成功(1889年)したことでも有名です。

田城——北里先生は学者として王道を歩まれました。科学者として、物事の本質を見極める人。またその見極めたものを現場に応用するという人。病原を調べて臨床に応用する人。すなわち「人」としても誠実に生きた方です。

 その誠実さは、学問的に間違っていることがあれば忖度(そんたく)することもしません。

 脚気論争でも先生は自分の師匠、東大の緒方正規(おがたまさのり)の脚気細菌説を、学理の観点から論駁(ろんばく)します(「緒方氏の脚気バチルレン説を読む」89年『中外医事新報』)。恩師が間違っていると正直に言ってしまったのです。ドイツ留学中にです。

荒井——医学界で恩師の「間違い」を糾(ただ)すことはどういう意味でしょうか?

田城 明治の時代ですよ。しかも東大です。自らの「首」をかけることです。ただ、それでも言わざるを得なかったのは北里先生が真の科学者だったからです。

荒井——当然、帰国すれば、師を論破したのですから、医学の道では前途多難であるはず。が、しかし、世界で最高峰のコッホの研究所をはじめ海外の大学から研究者としての招へいを断って92年に帰国。案の定、東大医学部は受け入れません。なぜ、北里先生は日本に戻ってきたんでしょうか。

田城 自己の出世より祖国日本への恩返しと貢献だと思います。北里先生の実学の精神の根底にはやはり義理と人情があったんです。

荒井——北里先生の学問の根っこに「四書五経」を学んだという儒学の教えもあり、また義理が廃(すた)ればこの世は闇と感じる「人生劇場」の世界もあったのかもしれませんね。

田城 この後、内務省の衛生局で務められ、世界的な研究者が日本国民のために働くこととなるわけです。

荒井——私は改めて北里先生は国民こそ近代国家の主役だと考えて医道に邁進(まいしん)されたと感じております。当時は、人間の一人ひとりの命が大事にされない、富国強兵の時代です。にもかかわらず、先生は国民の健康のために立ち上がった。

 官とは対決しましたが、それこそ福沢諭吉などが民の力を結集して伝染病研究所まで設立したんですよね。

■日本人の創造力実証から論へ、実践へ

田城 北里先生が25歳の学生時代に著あらわした演説原稿の『医道論(いどうろん)』(1878年)には学問を実学(じつがく)として活(い)かす理念が述べられています。

 また医学の本質を摂生と予防であることも訴え、公衆衛生学の基本を身につけています。研究者であると同時に教育者でもあったのです。

 研究者としては学理の受け売りでなく、自ら学理と向き合いながら議論するという科学者の基本も体得していました。ドイツ医学の模倣(もほう)ではなく、十分に学んで自らが創造する進取の精神を持っていたのかもしれません。

荒井——北里先生の精神を現在の医師、研究者は受け継いでいるでしょうか。

田城 現在の新型コロナの集団クラスター対策としての現場への働きかけ、三密(密閉・密集・密接)の回避の啓発(けいはつ)は公衆衛生的にしっかりと、当たり前のことを実践できていると思います。ですが、しっかりと役所が情報開示しているかと言えば、いまだに疑問です。

荒井——今回、お話で通底することは、医学は誰のためのものか、という問題意識と、その答えは国民のためにあるということを再確認できたと思います。

 しかし、私たちが忘れてはならないのは脚気論争での軍閥、東大などの組織がメンツを守るために国民の命すら蔑(ないがしろ)にしてしまったという歴史的事実を私達は教訓とすべきと思います。

田城 医療現場での悲痛な声が組織や、政府に届くようにすることは、重要です。先の戦争でのガダルカナルの戦いインパール作戦などの失敗にも見受けられるような作戦完遂の現場無視は必ず悲劇を生みます。

荒井 過去の失敗は「教訓のふるさと」と考え、しっかり今に活かし、未来へ伝承していかねばなりませんね。

《対談を終えて・・・荒井広幸》

                                                        教科書にある森鴎外著『山椒大夫』。主人公は「なんでも姉さんの仰るとおりにします」と言う。権威への服従という主題です。兵士ファーストで陸海軍が共同実験さえしていれば、と悔いが残る。組織や自己主張・メンツを離れて考える勇気が欲しいものです。
 北里先生は国民こそ近代国家の主役だと考えて医道に邁進(まいしん)されたと私は感じております。

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『一個人』2021年冬号に連載中の「ふるさと青い鳥」。今回は、日本近代産業の歴史を担った東芝の創業者のひとり、「からくり儀右衛門」こと田中久重の「技術」に迫りました。 https://www.bestsellers.co.jp/ud/magazine/%e4%b8%80%e5%80%8b%e4%ba%ba2021%e5%b9%b4%e5%86%ac%e5%8f%b7

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荒井 広幸

あらい ひろゆき

1958年生まれ。政界での30年に渡る経験を活かし、地域振興など多方面で活躍。趣味は絵手紙。ラジオふくしま『ちょっとブレイク』で長年、MCを務めている。これまでに招いたゲストは各界の著名人は500人を超える

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