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【コロナと向き合う】今こそ日本人の創造力を問う「近代日本医学のふるさと」北里柴三郎記念館を訪ねて《荒井広幸のふるさと青い鳥》

脚気論争と細菌学……日本医学の原点を見る

■病を診みずして病人を診よ! 疫学的な「実証主義」

田城孝雄  放送大学教授(医学博士)  1956年青森県八戸市生まれ。東京大学医学部卒業。医学博士。米国M i c h i g a n 大学内科Research Fellow、順天堂大学スポーツ健康科学学部教授、放送大学教養学部教授。専門は公衆衛生学、地域医療学など(写真:永井浩)

 

田城 高木兼寛は、後年東京慈恵会医科大学創立者となりますが、鹿児島医学校時代、イギリス人軍医のウィリアム・ウィルスの弟子でした。日本の近代化はドイツ中心でしたが、薩摩の医学はイギリスで海軍は薩摩閥でした。

 イギリスは公衆衛生学疫学による医学の発達を遂げた国です。簡単に言えば、「今、現場で起きていることをみる」という人間と現実に対する好奇心で観察する。病人とその病人がいる現場を診るところからはじまります。

 病気の発生原因や流行状態から予防の対策を講じる……まさに疫学です。私自身の研究も人間が好きで、人への関心から公衆衛生学を学んだ経緯があります。

 ちなみに公衆衛生の教科書に必ず出てくるコレラ予防に成功した「麻酔医」のジョン・スノーはイギリスにおいて人と現場から汚染源をマッピングして感染を抑えました。

荒井 高木の名言となる「病を診ずして病人を診よ」は疫学的理念であり、「脚気栄養欠陥説」を唱えたのは、彼の信念でもあったわけですね。

田城 その通りです。ですが、ドイツのような病理学……物証的に病原菌を徹底的に調べ、遺伝子の病因論まで突き詰める方法も大事です。病を克服する上での真理の究明の志(こころざし)は同じですが、アプローチが違うだけです。

 脚気論争の問題は、東大医学部と陸軍軍医局がドイツで学んだ本流の緒方正規の「脚気細菌説」の前提を疑うことなく盲信したことにあります。*【注3】

荒井 ドイツの医学は正しい。それはドイツの医学は日本医学の模範であり、日本医学は東大医学部だからという「権威」が現実を歪(ゆが)めたというわけですね。この高木の通説や真理の前提を問うという姿勢は、本当に社会を強くするためにも大事な点だと思います。

田城 そうです。この権威や常識に対して、単に盲信するのではなく、ドイツの学理的なアプローチを体得した上で、新たな理論を創造したのが、じつは北里柴三郎(きたざとしばさぶろう)先生だったのです。

荒井広幸 ナビゲーター  1958年生まれ。政界での30年に渡る経験を活かし、地域振興など多方面で活躍。趣味は絵手紙。ラジオふくしま『ちょっとブレイク』で長年、MCを務めている。これまでに招いたゲストは各界の著名人は500人を超える(写真:永井浩)
===【注3】
《脚気論争「論点」図式》
【東京帝大医学部・陸軍軍医総監・ドイツ留学】森 林太郎=[作家]鴎外(1862-1922)
脚気細菌説

ドイツから近代医学の薫陶を受けた石黒直悳、緒方正規の「東大・陸軍ライン」が主張した説。石黒の弟子・鴎外も踏襲した。脚気は栄養欠陥が真実だったビタミン説確定。


【鹿児島県医学校・海軍軍医総監・イギリス留学】高木兼寛(1849-1925)
脚気栄養欠陥説 

高木の実証主義は洋食採用した海軍では脚気を改善できたことを踏まえ、「食事におけるタンパク質不足」という仮説を立てた。


【東京帝大医学部・研究者・ドイツ留学】北里柴三郎(1853-1931)
脚気細菌説批判 

細菌学的に東京帝大の師匠でもある緒方正規の「脚気細菌の発見」批判を理論的に行い、学理的に研究の欠陥を論文に収めた。


《結 論》

脚気は栄養欠陥が真実だった→ビタミン説確定
鈴木梅太郎(オリザニンの発見)やカシミール・フンクがビタミン欠陥による脚気の原因を発見。

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『一個人』2021年冬号に連載中の「ふるさと青い鳥」。今回は、日本近代産業の歴史を担った東芝の創業者のひとり、「からくり儀右衛門」こと田中久重の「技術」に迫りました。 https://www.bestsellers.co.jp/ud/magazine/%e4%b8%80%e5%80%8b%e4%ba%ba2021%e5%b9%b4%e5%86%ac%e5%8f%b7

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