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藤井聡京大教授「8割自粛」で感染が減ったという明確な統計学的証拠はない【緊急反論②】

集中連載「第二波に備え「8割自粛」を徹底検証すべし」

(7)改めて「8割自粛」の効果を統計学的に検証したが、やはり確認できなかった

 ちなみに、岩田氏は、「西浦氏のデータだけに基づいて検証するのはおかしい」とも指摘されました。当方はそもそも、科学者倫理の視点から、西浦氏が「8割自粛に効果が明確に見られない」という点について言明しなかった事を批判しておりますので、その批判においては、西浦氏が何を知っていたのか(知り得たのか)を示すことがポイントになります。したがって、筆者の原稿においては、西浦氏のグラフを用いるだけで十分ということになります。
(詳しくは、こちらをご一読下さい https://foomii.com/00178/2020052301264166737

 ただし、今回のこの連載の目的は「8割自粛」の徹底検証です。ついては西浦教授のデータでも否定された「8割自粛の有効性」を、また別のデータを使って改めて検証したいと思います。

 表1,2,3は、その結果です。この表の統計分析が示しているのは、4月7日の「緊急事態宣言(8割自粛要請)」も、4月16日の「緊急事態宣言(8割自粛要請)の全国拡大」も共に、全国、東京、そして大阪の感染者の縮小傾向に影響を与えていない可能性は、14%~90%程度もあるということです。つまり、8割自粛要請が全国においても東京、大阪において感染者数の減少傾向に統計的に明確な影響を与えているとは到底判断できない、という統計結果を示しているのです。

 これでは8割自粛要請を、その副作用にも関わらず継続し続けるべきだと主張することは到底できないでしょう。何度も繰り返しますが、もの凄い副作用がある以上、はっきりと効果が見て取れる場合においてのみ、その使用が倫理的に是認され得るからです。

 なおこの表の詳細については(脚注【注4】参照)に記載しますが、以下にこの分析の概要を簡潔に解説いたします。

 まず本来なら、西浦教授の様に日々の「実効再生産数」を推計し、その値を分析すべきなのですが、実効再生産数の推計には、実に様々な仮定が必要で、その仮定の置き方によって結論は幾らでも変わります。したがって、検証を行うにあたっては、そこには必ず「恣意性」が混入する余地があります。

 だから例えば、「4月7日前後に変化があった」という結論を出したい学者なら、その結論にとって都合の良い「仮定・前提」を探し出し、その上で、さも最初からその「仮定・前提」を施して分析したのだという「フリ」をして、それを公表すれば、自説を科学的に立証したかのように「虚偽報告」することが可能となってしまいます(脚注【注5】参照)。その点、この分析で用いたのは、「前日からの新規感染者数の変化率」という、加工しようの無いデータです。したがって、筆者のこの分析には恣意性は混入し得ません。

 一方でこれは「感染した日」毎の新規感染者数のデータの分析なのですが、それは全ての感染者については整備されていません。ついては今回は、平均的な潜伏期間や発症してから検査日までの平均日数に基づいて「感染が分かった日の2週間前に感染した」という仮定を施し、データを整備することとしました(脚注【注6】参照)。

 その上で、「前日からの感染者数の変化率」が、
「ピーク」の前か後か(つまり3月28日以前か以後か)、
「緊急事態宣言」の前か後か(つまり4月7日以前か以後か)、
「緊急事態宣言の全国拡大」の前か後か(つまり4月16日以前か以後か)、
で異なるかどうかを、回帰分析という手法を用いて検定したのです。

 その結果、ピークの前後では明確な相違が見いだされたのですが、緊急事態宣言に関してはその前後で、感染者数変化率に全く相違が見い出されなかったのです。

【表1】「緊急事態宣言」が「感染者数の増加率」に及ぼした影響の検定(全国)

【表1】「緊急事態宣言」が「感染者数の増加率」に及ぼした影響の検定(全国)

 

【表2】「緊急事態宣言」が「感染者数の増加率」に及ぼした影響の検定(東京)

【表2】「緊急事態宣言」が「感染者数の増加率」に及ぼした影響の検定(東京)

 

【表3】「緊急事態宣言」が「感染者数の増加率」に及ぼした影響の検定(大阪)

【表3】「緊急事態宣言」が「感染者数の増加率」に及ぼした影響の検定(大阪)

(8)「8割自粛」を繰り返すのではなく、なぜピークアウトしたのかを徹底分析すべき
 

 以上、今回は、「8割自粛に効果があったのかどうか」を改めて詳しく論じましたが、やはり、西浦教授のデータを見ても、公表データを改めて分析しても、そうした効果は、統計学的には見いだせませんでした(脚注【注7】参照)

 勿論、実効再生産数の仮定を調整する等して、他の分析を行えば、「一応効果があった」という結論を出すことができるかも知れませんが、少なくとも以上に紹介した二つの分析(西浦氏の分析&ここで紹介した藤井の分析)でその効果が否定されている以上、仮に効果が確認できたとしても、その効果は明確なものとは当然言えない、ということになります。

 だということはやはり第二波が訪れた時に、「8割自粛」を軽々に主張するのは倫理的には全く正当化できないということになるわけです。

 それよりはむしろ、「8割自粛」以前の3月下旬の時点でなぜ、ピークアウトしたのかをしっかりと分析し、そこでの知見を踏まえながら、第二波の対策を検討することがもっと重要だということになるでしょう。そうした分析の方が、ここで述べた「8割自粛前後で、微妙な影響があったのか無かったのか」という些末な事を議論するよりももっと建設的でしょう(もちろん、政府に関わる科学者の倫理的問題は重大ですから、その意味において8割自粛の有効性の検証は重要なのですが、それとこれとは別問題です)。

 そうした検討は次回以降に、改めて論じたいと思います。
(藤井聡【緊急反論③】へつづく)

==========脚注==========
【注4】
この分析をより詳しく申し上げると、次のようになります。まず、31日~56日までの感染者推移データから2週間のタイムラグを差し引いて感染日毎の新規感染者数データを作成します。そしてそれを使って「7日間移動平均データ」を作成し、それを使って各日毎の前日からの変化率を求めます。そしてそれを従属変数として、本文に記載した3つの項目に該当するダミー変数を作成し、それを説明変数とした回帰分析を行いました。

【注5】
西浦氏が529日に公表した、47日前後での階段状の実効再生産数の推計は、まさにこうした恣意性が介在した疑義が濃密に見られるものです。その恣意性については【注1】を改めて参照ください。

【注6】
感染者一人一人についての発症日・感染日などのデータが報告されているケースもありますが、全員については不明となっています。

【注7】

 筆者の指摘に対して、「8割自粛をしなければ、実効再生産数は上昇していたかもしれないが、8割自粛をしたから、横ばいで済んだのだ」という様な批判をされる方がおられるようです。ただしそういう批判はもちろん可能ですが、少なくとも統計学的には認められません。もしもこういう主張を正式になさりたいなら、「8割自粛をしなければ、実効再生産数は上昇していた」ということをモデル化し、そのモデルについて一定の検証を行い、その正当性が見られる場合においてのみそれを組み込んだ検定を行い、上記仮説が正しいかどうかを検証することが必要になります。そうでなければ、あらゆる統計的検定が不可能になり、どれだけデータを集めて得られる知見は常にゼロになってしまいます。つまりある統計的知見が得られたとき、「そうでない可能性もある」一点でもってその統計的知見の有効性を無に帰させるという論証が許容される世界においては、あらゆる統計的知見は無意味なものにしかならないからです。
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藤井 聡

ふじい さとし

1968年、奈良県生まれ。京都大学大学院工学研究科教授(都市社会工学専攻)。京都大学工学部卒、同大学院修了後、同大学助教授、イエテボリ大学心理学科研究員、東京工業大学助教授、教授等を経て、2009年より現職。また、11年より京都大学レジリエンス実践ユニット長、12年より18年まで安倍内閣・内閣官房参与(防災減災ニューディール担当)、18年よりカールスタッド大学客員教授、ならびに『表現者クライテリオン』編集長。文部科学大臣表彰、日本学術振興会賞等、受賞多数。専門は公共政策論。著書に『経済レジリエンス宣言』(日本評論社)、『国民所得を80万円増やす経済政策』『「10%消費税」が日本経済を破壊する』『〈凡庸〉という悪魔』(共に晶文社)、『プラグマティズムの作法』(技術評論社)、『社会的ジレンマの処方箋』(ナカニシヤ出版)、『大衆社会の処方箋』『国土学』(共に北樹出版)、『令和日本・再生計画』(小学館新書)、MMTによる令和「新」経済論: 現代貨幣理論の真実(晶文社)など多数。

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  • 藤井聡
  • 2019.10.28