【日本遺産】おおらかなる信仰の会津旅〈巡礼を通して観た往時の会津の文化〉 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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【日本遺産】おおらかなる信仰の会津旅〈巡礼を通して観た往時の会津の文化〉

福島県【会津若松市】【喜多方市】【南会津町】【下郷町】【檜枝岐村】【只見町】【北塩原村】【西会津町】【磐梯町】【猪苗代町】【会津坂下町】【湯川村】【柳津町】【会津美里町】【三島町】【金山町】【昭和村】

■奇想の建築に触れる
平安仏教の名残や修験者の信仰心を体感できる不思議な観音堂

魅力的な建築様式に見る今も生きる会津の信仰

 会津三十三観音霊場は、清水寺などを巡る西国三十三観音霊場を模したもので、保科正之によって制定されたといわれるが、背景には庶民の間に西国巡礼が流行していたことがあった。
 当時、会津から西国へ巡礼するには時間・費用ともに大きな負担があった。そこで領民が疲弊したり、多額の金銭が藩外に流失してしまうことを憂えた正之が、藩内で巡礼ができるよう会津三十三観音巡りを考案したとされる。

 札所寺院は中世以前から存続するものが多いため、寺院には平安仏教の名残や、磐梯山などで修行をした修験者の信仰の影響を見ることもできる。
 たとえば、会津美里町にある左下り観音堂は、高い束柱に堂が支えられた懸造となっている。崖の上に張り出した堂からの景色は絶景そのものだが、かつては修験者が修行を行う前にこもる行堂であったという。
 会津若松市の中心部にあるさざえ堂は、二重の螺旋スロープを内蔵した奇想の塔。上りと下りが交差しない構造になっており、かつては観音像が安置され、この堂内だけで三十三観音巡りをすることができた。


●さざえ堂/会津若松市 [MAP-⑦]
明治時代に廃寺になった正宗寺の堂で、六角三層、高さ16. 5メートル。類似の堂は安永9年(1780)に江戸で造られているが、構造的にも意匠的にも完成形ともいえるこの堂は、そのわずか16年後に会津に建てられた。正式名称は旧正宗寺三匝堂。


●成法寺(じょうほうじ)観音堂/只見町 [MAP-⑧](写真:右)
自然豊かな南会津で出会う古刹。室町時代後期の建築と考えられる観音堂には「人肌観音」と呼ばれる聖観音菩薩坐像が安置されており、この地方の仏教文化を象徴する文化財となっている。和唐折衷の様式は中世の仏堂建築を知る上でも貴重。御蔵入三十三観音第一番札所。

●左下り観音堂/会津美里町 [MAP-⑨](写真:左)
山中に佇む圧巻の建築様式。五間四方(約9メートル)四丈八尺(約14メートル)、東向きで廻り縁を持っており、2層になった脚部に床が張ってあるのは珍しい。観音の石像が身代わりとなって首を切られたという伝説があり、本尊のほかに頸無観音が安置されている。会津三十三観音第21番札所。


■会津の観音様から御利益を与る
ころり三観音で極楽往生、抱きつき柱で万願成就

天寿を全うし安楽往生を願う「ころり三観音」

 長患いをせず、死の苦しみに遭うこともなく天寿を全うし、極楽往生ができるように願うことを“ころり信仰”という。関西では吉田寺が有名だが、東日本ではなんといっても会津ころり三観音だろう。
 会津ころり三観音は、会津に分布する鳥追観音こと如法寺、立木観音こと恵隆寺、中田観音こと弘安寺の3カ寺のことを指す。興味深いのは、いずれのお寺もころり信仰はご利益の一部であって、そのほかにもさまざまな信仰・伝説・見所をもっていることだ。

 会津坂下町にある立木観音ではご住職に高さ8.5メートルにもおよぶ本尊、千手観音像についてお話を伺った。「この像はケヤキの大木を根がついたまま彫刻したもので、最大級の千手観音像といわれています。恐らくご神木のような霊木を彫ったのでしょう」 立木観音は平安時代の作と伝えられるが、鳥追観音にも平安初期に造られたと考えられる金剛力士像が安置されている。惜しくも顔や腕を欠損しているが、体を撫でると願いがかなう撫で仏として今も信仰されている。
 会津三十三観音第30番札所でもある中田観音は、野口英世の母が信心したお寺としても知られている。彼女は毎月お籠もりをして、息子の無事を祈ったという。


ころり三観音 — 極楽往生・子宝・縁結び —

●【極楽往生】 立木観音(恵隆寺 えりゅうじ)/会津坂下町 [MAP-⑩]
寺伝によると西暦540年に中国の梁から渡ってきた僧が草庵を結んだことに始まるという。本堂および本尊の千手観音像は国重文で、一木造としては日本最大級の仏像である。本尊の両脇に安置された二十八部衆像(県重文)も、等身大像が完全にそろっているものは珍しく貴重。(写真:右)

●【子宝】 鳥追(とりおい)観音(如法寺 にょほうじ)/西会津町 [MAP-⑪](写真:中央)
天平8年(736)に行基が村の夫婦に観音像を授けたことに始まるといい、大同2年(807)に徳一が伽藍を建て、正観音像を安置したとされる。三方に入口がある珍しい観音堂には、左甚五郎作と伝わる隠れ猿などの見事な彫刻が隠れ、境内には東北最大といわれるコウヤマキの巨木がある。

●【縁結び】 中田観音(弘安寺 こうあんじ)/会津美里町 [MAP-⑫](写真:左)
長者が娘の菩提を弔うために創建したと伝えられ、その後、地頭の寄進により伽藍が建てられたという。本尊の十一面観音立像(国重文)は銅造で像高が187センチあり、その写実的な完成度から当時の最高傑作といわれている。よその土地での危難を防ぐという土守も人気がある。

【抱きついて祈ると願いが叶う 「抱きつき柱」のご利益】
「ころり三観音」の各観音堂には「抱きつき柱」と呼ばれる柱がある。立木観音では本尊横の柱に抱きつきながら本尊を仰ぐことができ、万願成就のご利益が。また、鳥追観音には「福縁結び抱きつき柱」とよばれる男女別(善男柱・善女柱)の2本の柱があり、良縁に導いてくれるのだとか。中田観音の柱には千羽鶴などが飾られおり、様々な祈りを受けとめてきた歴史がうかがえる。こちらは「極楽往生」を叶えてくれるという。「ころり三観音めぐり」をする際は、御本尊へ手をあわせるだけではなく、柱に抱きつくことをお忘れなく。

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