【高市発言】中国が日本への猛抗議で持ち出した「敵国条項」とは? (後編)高市政権は“帝国日本”の凋落を加速化させた理由【中田考】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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【高市発言】中国が日本への猛抗議で持ち出した「敵国条項」とは? (後編)高市政権は“帝国日本”の凋落を加速化させた理由【中田考】

《中田考 時評》文明史の中の“帝国日本”の運命【第5回】

高市政権の閣僚

 

◾️3.“戦略的曖昧さ”と“敵国条項”

 

 高市政権が既に中国の主権を犯し侵略する具体的な準備を整えておりその阻止のためには武力制裁を加える以外に選択肢がないとの独自解釈に基づく“敵国条項”の実際の適用ではない。中国政府が実際に行ったのは、日本がなし崩し的に国連憲章を破り軍拡により中国の主権を犯しその領土に介入する大日本帝国の好戦的覇権主義への回帰を食い止めるためで、“敵国条項”の適用が相応しくない事実上の死法(obsolete)になっていたのは高市の「台湾有事存立危機事態」発言以前の状況に即した状況判断でしかなく、その判断自体が、高市の日本の台湾問題に関する従来の「戦略的曖昧さ」政策の根本的否定で、「事情変更の法理(「法条項は、事情がそのまま存続している限り(適用される)である:Clausula rebus sic stantibus」によって、時代に即さなくなり(obsolete)、法的に失効していない有効な法文が存在している、という原状に戻った。ゆえに中国は”敵国条項”が現在でも有効である、という法的事実を再確認し、日本政府の法的事実と政治的状況判断の混用による詭弁を黙認しなかった。それは“敵国条項”挿入の本来の目的である日本の大日本帝国回帰の抑止を達成するための警告であり、極めて合理的なものだと言える。

 中国の“敵国条項”への言及は極めて合理的なものであるとすれば、欧米によるその批判は、日本、ドイツ、イタリアが現在は西側自由民主義・資本主義陣営に属するためのポジショントークに過ぎず、明白に国連憲章の法理に背く強弁である。しかしそれはあくまでも実際には「戦勝国(より正確に言えば欧米帝国主義列強)クラブ」のルールが正しいとの前提に立つものであり、実際には「戦勝国クラブ」のルールは、欧米帝国主義列強がアジア・アフリカの民に何世紀にもわたって行ってきた搾取、人権蹂躙を不問に付した不正なものであることは明白である。その意味では欧米諸国が中国の“敵国条項”の言及を批判するのと日本がそれを批判するのは位相が違う。というのは、高市の批判には、日本の東アジア侵攻には欧米の帝国主義列強からのアジア解放の大義があったとの「歴史修正主義」が垣間見られ、高市への国民の高い支持率も日本における歴史修正主義の強まりと連動しているからである。しかしそれは今回の議論の主旨ではなく、「ポストコロニアル国家批判理論」による分析を必要とするので別稿で改めて論じたい[8]

 最後に、高市の台湾問題をめぐる中国の“敵国条項”言及問題に関する日本・西欧の批判を国連憲章に照らして浮かび上がるもう一つの大きな問題点を指摘しておこう。

 それはそもそも一つの中国原則、台湾の独立を支持するかどうかが、「戦略的曖昧さ」であるという欧米や日本のナラティブそのものである。国家承認は法的に曖昧性がなく定義されており、承認と非承認の二値であり曖昧性はない。たとえばアフガニスタンを実効支配するタリバン政権(イスラーム首長国)は日本を含む多くの国々と実質的な外交関係を結んでいるが正式に国家承認し国交を結んでいるのは現時点ではロシア一国だけである。中国は正式にタリバン政権が派遣した大使の信任状を受け取り大使として正式に受け入れているが、正式な条約や承認声明などの国家承認の法的手続きを取っていないため、あくまでも事実上の承認であり、法的承認ではない[9]

 

タリバンの幹部たち。右端からふたりめがアブドゥル・ガニー・バラーダル師。2021年9月7日に公表されたタリバンによる暫定政権において副首相を務めている。

 

 日本は1979年のアメリカによる国家承認に先立ち1972年9月に中華人民共和国を中国の唯一の合法政権として国家承認し、中華民国との外交関係の終了を宣言した。そのため中華民国は日本と断交し、日本も「法的」に中華民国との国交を終了した。そこには「戦略的曖昧性」は存在しない。当時の中華民国は現在のような超大国ではなかったが、日本は長年にわたって友好関係にあった中華民国、そしてなによりもかつて大日本帝国に併合されその住民が日本人であった台湾であるところの中華民国を見捨てたのである。それは信義に悖る行為であり、中華民国が「蒋総統の指導する中華民国政府は、日本の敗戦後における降伏を受理した政府であるとともに、一九五二年サンフランシスコ条約に基づき、日本と平和条約を締結し、戦争状態を終結させ、両国の外交関係を回復している」と指摘。日本政府の中華人民共和国の国家承認と中華民国との外交関係終了を「背信忘義の行為」と呼び、日外交関係の断絶を宣言したことも無理もない。そしてその後時代が移るにつれて中華民国を国家承認する国は減り続け、現在では12カ国[10]が残るのみである。これが冷徹な国際政治における現実である。日本は他の国々と同様に信義を裏切り国益の為に中華民国(台湾)と断交し中華人民共和国と国交を結んだのであり、そこに「曖昧性さ」は存在しない。

 今になって日本が中華人民共和国を非難し「戦略的曖昧さ」を主張して台湾問題に介入しようとするのは、鉄面皮な恥知らずの行為と言うしかない。台湾の自由民主主義を守るなどといかに美辞麗句を日本が並べたてようとも、所詮は裏切者が台湾問題における「戦略的曖昧さ」を口実にアメリカの陰に隠れて中国を再び征服する野心を隠して中国に内政干渉し、中国の「非合法組織」に肩入れして独立による内戦を煽って東アジアの不安定化とそれに乗じた覇権の拡大を狙っているとして、中国が“敵国条項”を持ち出して日本を批判するのも無理はないと筆者は考えている。

 戦勝国クラブとしての国連の論理に基づく台湾問題と“敵国条項”の問題の整理はここまでで終わりとし、最後に「ポストコロニアル国家批判理論」を援用して、“帝国日本”にとっての“敵国条項”の意味の本質を考察することにしたい。


[8] 高市の歴史修正主義とそれをめぐる欧米での議論については、アゴラ編集部「高市早苗新総裁の過去ブログが再注目:沈静化していた歴史問題、欧米で再燃の兆し」2025年10月8月6日付『アゴラ 言論プラットフォーム』参照。

[9] 畑宗太郎「中国、タリバンの大使を承認 国家承認も前向き」2023年12月5日付『朝日新聞』参照。

[10] ベリーズ、グアテマラ、ハイチ、パラグアイ、セントクリストファー・ネーヴィス、セントルシア、

セントヴィンセント・グレナディーン、マーシャル諸島、パラオ、ツバル、エスワティニ、バチカン市国。

 

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 (中略)

 そして日本では、疑いもなく政治力」がこれからのテーマである。

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 課題は随分ありそうだが、改革の糸口を探る上で、アメリカの政治システムはかなり参考になりそうだ。アメリカの政治にも問題は山とあるが、こと民主主義のプロセスについては、我々が謙虚に学ぶべき点が多いと思っている。

 (中略)

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<著者略歴>

高市早苗(たかいち・さなえ)

1961年生まれ、奈良県出身。神戸大学経営学部卒業後、財団法人松下政経塾政治コース5年を修了。87年〜89年の間、パット•シュローダー連邦下院議員のもとで連邦議会立法調査官として働く。帰国後、亜細亜大学・日本経済短期大学専任教員に就任。テレビキャスター、政治評論家としても活躍。93年、第40回衆議院議員総選挙奈良県全県区から無所属で出馬し、初当選。96年に自由民主党に入党。2006年第1次安倍内閣で初入閣を果たす。12年、自由民主党政務調査会長女性として初めて就任。その後、自民党政権下で総務大臣、経済安全保障大臣を経験。2025年10月4日、自民党総裁選立候補3度目にして第29代自由民主党総裁になる。本書は1992年刊行『アメリカ大統領の権力のすべて』を新装重版したものである。

 

 

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中田 考

なかた こう

イスラーム法学者

中田考(なかた・こう)
イスラーム法学者。1960年生まれ。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フェロー。83年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム協会理事などを歴任。現在、都内要町のイベントバー「エデン」にて若者の人生相談や最新中東事情、さらには萌え系オタク文学などを講義し、20代の学生から迷える中高年層まで絶大なる支持を得ている。著書に『イスラームの論理』、『イスラーム 生と死と聖戦』、『帝国の復興と啓蒙の未来』、『増補新版 イスラーム法とは何か?』、みんなちがって、みんなダメ 身の程を知る劇薬人生論、『13歳からの世界制服』、『俺の妹がカリフなわけがない!』、『ハサン中田考のマンガでわかるイスラーム入門』など多数。近著の、橋爪大三郎氏との共著『中国共産党帝国とウイグル』(集英社新書)がAmazon(中国エリア)売れ筋ランキング第1位(2021.9.20現在)である。

 

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