人生に目標は必要か?【森博嗣】新連載「道草の道標」第3回 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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人生に目標は必要か?【森博嗣】新連載「道草の道標」第3回

森博嗣 新連載エッセィ「道草の道標」第3回

 

【成り行きで生きていく楽しさ】

 

 目的地が決まっているときは、歩く道のりは労働に近い行為になる。時間を気にして、ときには汗をかきながら急ぐことになる。一方、目的地がない散歩のような道のりは、労働している気分は皆無で、周囲の景色や道端の様子を眺め、あるいはまったく別のことを考えながら過ごす時間になるだろう。

 人生もこれに似ているかもしれない。目的がしっかりと決まっている人は、日々労働や修行、あるいは鍛錬、そして勉強に明け暮れ、今我慢すればきっと良い未来が訪れる、と自分を励まし続ける。目的がない人は、毎日のちょっとした変化を眺めつつ、せいぜい数日さきの小さな楽しみや、既に見てきた過去を振り返りながら生きることになる。

 どちらが良い、どちらが偉い、どちらが本当だ、という話ではない。それに、この両者の生き方を同時に経験することだってできる。人間の頭脳はそれくらいのマルチタスクに対応していて、頭を切り替えることで、同じ時間であっても、複数の人生、複数の生き方ができるはずだ。現に、仕事も家庭も趣味も、なにもかも充実した人生を送っている人というのは、さほど珍しい存在ではない。

 明確な目的に向かって進む人生もあれば、散歩のように道草ばかりを楽しむ人生もある。良い悪いの評価は、他者にはできない。自分が良ければ、自己満足ができれば、それで良い。否、それで楽しめる、ということである。

 もし、目指すものがあるなら、そこへ近づくための方法を考え、計画を立てる。目指すものがわからないなら、少し近くに目を向けて、周囲を整備し、未来についてはぼんやりとした可能性を思い描く。この後者も、実は計画と呼べる。抽象的な意味で目標ともなりうる点で、実は前者とあまり違いはない、と僕は考えている。

 人生の目標がなくても、明日の目標なら見えるだろう。遠くが見える人と、近くが見える人がいるし、両方を見る能力を持っている人もいる。重要なことは、どこに焦点があろうが、楽しみを見つけられる点だ。他者の持っているものではなく、自分が生み出せる楽しみでなければならない。自分が生み出せる可能性を見つけるだけで楽しくなる。

 これができるようになるには、ちょっとしたコツと経験が必要だけれど、難しいことでは全然ない。楽しみをゼロから生み出す力を身につければ、お金もいらないし、人間関係もいらない。どこにいてもできる。毎日を楽しめる。なにも持っていない子供が、楽しそうに遊べるのは、人間がもともとそういう能力を持っているからだ。大人になるほど、周囲のシガラミという柵で囲われ、いろいろなものが見えにくくなっているので、そこは少し落ち着いて、じっと観察し、よく考えてみること。そうすれば、きっと楽しさは見つかる。

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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