自然の波動に合わせる <br />~「リトリート」と「ミニマリズム」の共通点~ |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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自然の波動に合わせる 
~「リトリート」と「ミニマリズム」の共通点~

「最小限主義の心理学」不定期連載第7回

自然の中にある建物に住んだり、佇んだりすることで自分を見つめ直す「リトリート」を提唱している臨床心理士の松尾祥子さんとミニマリストの沼畑直樹が対談しました。場所は沼畑邸。リトリートとミニマリズムの相性について探りました。

「リトリート」と「ミニマリズム」は相性がいい…

沼畑 私はミニマリズムの考えで部屋にモノをあまり置かないようにしているのですが、毎朝家を出るときに、泊まったコテージから出発する朝みたいな感覚になるんですよ。

松尾 たしかに。ホテルっぽいですね。何もない空間の清々しさですよね。

沼畑 それとリトリートの感覚って近くないですか?

松尾 リトリートの概念は退避所なので、家がなくてもいいんですよ。自然の中でもいい。ただ、日常から離れて、自分の心と向き合って、普段は周囲に合わせて無理しているところを、本当の自分をこう思っていたんだと気づくということができるんですよね。

沼畑 普段は都心で暮らして、週末は別荘で暮らすという発想もリトリートの中に入りますよね。

松尾 そうです。それもリトリートです。

沼畑 ホテルやコテージ、別荘だと気持ちよく眠れるなと分かっていても、家には自分の好きなモノがいっぱいあって、なんだか良く眠れないということもあると思うんです。ミニマリストはそこを自分の家の日常の部分でやってしまうということなんですよね。

松尾 好きなモノに囲まれているって本当に幸せだなって思ってたけど、好きなものって常に変化していくし、縛られているっていう部屋なんですよね。この沼畑さんの部屋だと、今日好きな花を飾ってもいいですよね。今日の私に好きなものって何かって考えられることって、すごくいいことだなって思いました。

沼畑 不完全な状態にしておくことで、次に集中できるという感じがあるんです。

松尾 脳の中も当たり前がいっぱいだと、新しいものは生まれないですよね。

沼畑 以前は私の部屋も自分を主張するモノでいっぱいだったんですけど、お客さんにとっては押し売りでしかなかったんです。でも私はそれがいいと思っていた。自分を主張できるから。

松尾 たしかに。何もないと引っ越したてのときみたいですね。あのときってワクワクしますよね。

沼畑 家具が入る前の家はほんとによくて、友達も呼びたい。ある人から聞いたんですけど、家族で家具が入る前の、電気も通る前の部屋に先に入って、窓からみんなで月を見てたっていう話があって、その体験がすごく良かったらしいんですよね。

松尾 たしかに。それ、いい話ですね。

沼畑 引っ越し業者さんが家具を入れた瞬間にその夢は崩れ去るというか。

松尾 私も本当にそうだった。モノが入ると自分の家になっちゃってねって言ったのを覚えてる。新しく作り替えたのに、自分たちのモノを入れたら結局、前と変わらないっていう(笑)。

沼畑 そういうこととリトリートって通じてますよね。

 

松尾 私がリトリートに注目したのは、もともと山を登ってたからなんです。山登りに行くときって、なるべく軽量にしないと疲れちゃうので、吟味をする。その過程で、こんなちょっとでおいしいコーヒー飲めて、朝陽が見れて、本当にリッチな体験をして帰ってくる。それで家に着くと、これはなくちゃいけないと思っていた生活のいろんなことが、「なんだいらないかも。自分の肉体と心があれば生きられる」って思ったんです。そうやって思うことが必要だった。だからリトリートっていう概念が自分の中でもできあがって、そういう体験をすることで、ゴージャスな食べ物でなくても、風に吹かれながら食べるバナナって美味しいよねっていうふうに変わっていく。

沼畑 ミニマリストも多くの人が自然を求めるところがあって、執着を離したあとに自然に身を浸したいってなるんですよね。それは順序として部屋を片付けてから自然にいくということですが、松尾さんみたいに先に山に行ってという順序もある。

松尾 執着を手放していくと、こういう空間になるのは凄く共感する。どこかで当たり前の生活というか、家ってこういうものだよねっていう概念でみんな出来上がっているんだなぁって思います。

沼畑 便利にしたいというのが第一にあると思うんですけど、それ自体は問題がなくて、ただゴールがわからないんです。

松尾 工夫すれば絶対に、それに近いものができると私は思っている。キャンプ場や山もそうじゃないですか。飛行機の中でそうだったし(※フライトアテンダント時代)、限られた資源の中でやりくりしてたので、限られた空間でなんとかするっていうのは楽しかった。でも日本のものは非常にきめ細やかなニーズに応えるモノがいっぱいある。だから買っちゃう。買ったらお金出しているので、捨てられない。

沼畑 豊かさの代償だと思うんですよね。100円ショップにモノがいっぱいあって、それが買えないわけではないし、買えるんだから、欲望は勝る。目の前に用意されていれば買ってしまう。でも先進国ではないところではそもそも売っていない。片付けやミニマリズムが日本で今話題になっているのは、やはり先進国の話だと思います。

松尾 本当はクリエイティブに自分で作ることって楽しいんですけどね。オーストラリアのエコビレッジとかではゴミを出さないのが基本で、自分でなるべく作っていく。それを見た子どもたちは、帰ってきてからゴミを漁っていろんなものを作り始めた。お手本があれば、子どもたちはやってく。大人たちは過去の記憶に縛られているけど、子どもは面白いと思ったらできちゃう。

沼畑 自分の同級生がみんなキャンプの方向に行っているんですけど、やっぱり大人になっていろいろやらなくなって、キャンプでは自分で炭火で何か焼いたり、そういう皮膚感覚がいいですよね。

松尾 グランピングも流行ってるんですよね。

沼畑 あれももともとお金持ちが自然の中で豪華に過ごすという遊びなので、リトリートと似ている感じはあるかもしれません。豪華なモノは使いますが。松尾さんの別荘はどうなんですか?

松尾 別荘は母の持ち物なので、だんだんモノが増えてきました。でもそれは母の生き方だから。あたしにとっては、山の拠点なんです。大自然の中に入るための拠点です。中央アルプスや南アルプスに一人で行くんです。楽しいですよ。究極に自分のわがままで居られるから。日帰りですけどね。普段も行き詰まったら公園に行って、空気を吸って帰ってくる。近くに公園があっても、そこをリトリートに使えない人もいる。五感の使い方なんですけど、公園の中で将来のこととか、心配事を考えているとできないんです。それはたとえば私が行くような自然の中に行っても、同じことなんですね。リトリートをするためには、五感を完全に自然に集中させていく。見るものは自然物を見て、さわって、匂って、できれば食して、波動を合わせるようなことをやっていけば、10分でもリトリートになる。それで家に帰ってくると、自然のリズムにフォーカスされてるから、焦りとかがなくなるんです。蓼科の自然の中にみんなを連れて行ってリトリート体験を行っているんですが、そこでの匂いは都会のものに比べて抜群に気持ちいいし、五感を開きやすくなるんです。気持ちいいから、呼吸の深さがあがっていく。一度できると、それが都会の公園でもできるようになるんです。自然と波長を合わせる場を自分で作ることができればいいんです。

沼畑 ベランダに椅子を置いて、空を眺めてると自然の中にいるような気分になるんですが、それも波長を合わせているのかもしれないですね。私は近所の井の頭公園でも小さい公園でも、自分で椅子を持って行って座るんです。自分で自分の居場所を決めると、突然まわりの風景を感じることができるようになる。素通りすると感じられないんです。

松尾 すごいわかります。

沼畑 落ち着かないのは自分が居場所を決めてないからだと思うんです。旅行でも、お土産品店をまわるより、なんでもない場所に座ってみるといいんですよね。そこで過ごそうと決めると、ふっと空気が体に入ってくる。

松尾 空気を感じないまま、経験をしたよねという感じで旅が終わってしまうというね。私は常に持ち歩いているものがあって、レジャーシートなんです。それを持ち歩いていると、どこでも座れる。船旅(世界一周の客船旅行)でも持っていって、立ち寄った公園で敷いて座ってました。するとやっぱりいい空気が入ってくる。それは私のカウンセリングでやりなよって言うんですが、恥ずかしいって言うんです。

沼畑 中国の上海の路地の風景なんですけど、老人が夕方になると夕涼みで家の前に椅子を出して座っている。すごく豊かな過ごしかたですよね。自分の街を風景にする。じゃあ僕のマンションの前に置くかというと、できない。それが日本の街の今の計画によるものですよね。クロアチアのザグレブでも、レストランの外にあるテラスでみんなご飯食べていて、店内には日本人しかいないなんてこともあるんですよ。

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沼畑 直樹

ぬまはた なおき

ミニマリスト。テーブルマガジンズ代表。元バックパッカー。

2013年、「ミニマリズム」「ミニマリスト」についての記事を発表し、佐々木典士氏とともにブログサイト≪ミニマル&イズム(minimalism.jp)≫をたち上げる。 著書は、小説『ハテナシ』、写真集『ジヴェリ』『パールロード』(Rem York Maash Haas名義)など。


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