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それまでの城の常識を覆した安土城のコンセプトとは?

信長が築いた豪華絢爛な一大建築・安土城 第1回

織田信長肖像画(写真提供/アフロ)
天下統一を目指す過程で、最もTPOに適した場所に城を移していった信長。先進かつ合理的だった移転の狙いとは? 歴代の居城をたどってみる。

 

織田信長による安土城での築城は、それまでの城造りとは根本的に違っていた。

最大の特徴は、総石垣による普請(ふしん・基礎工事のこと)にある。よく知られているとおり、それまでの中世の城造りでは、山や平地で土を掘り、土を盛り上げて、整地して作られる土作りの城が中心であったからである。 

信長が基礎工事に石垣を用いた最大の利点は、自由な平面プランが作成できるという点にあった。それまでの中世城郭では、自然地形による制約が多く、自然の要害を利用するという利点はあったが、自由な発想による城づくりには適していなかった。

高くそびえる石垣は山の斜面を、雨水などによる土砂崩れから頑強に守り、斜面地に郭となすべき平坦部を造った。

また、石垣による出隅角(注1・ですみかく)、入り隅角(注2)を造ることにより、横矢掛かりや(注3)虎口(注4・こぐち)、屏風折れ(注5・びょうぶおれ)などの防御施設を容易に造りだし、縄張りに活かす事が出来るようになった。また、石は矢や鉄砲の弾を弾くという利点もあった。(続く)

 

(注1)出隅角/石垣の隅を枡形に突き出させる造り
(注2)入り隅角/石垣の隅をL字に凹ませる造り
(注3)横矢掛かり/出隅角や入り隅角に接する二面から矢を射ること 
(注4)虎口/堀や土塁を食い違わせて敵襲を困難にさせる出入り口のこと
(注5)屏風折れ/石垣を屏風のように張り出させること

 

●安土城データ
城の種類/山城
所在地/滋賀県蒲生郡安土町
築城年/天正4年(1576)
施設/天主、本丸、二の丸、三の丸、摠見寺、家臣の屋敷など

 

文/木戸雅寿(きど・まさあき)

1958年神戸市生まれ。奈良大学文学部史学科考古学専攻卒業。広島県草戸千軒町遺跡調査研究所、滋賀県安土城郭調査研究所を経て、現在滋賀県教育委員会文化財保護課。専門は日本考古学。主な著書に『よみがえる安土城』(吉川弘文館)、『天下布武の城 安土城』(新泉社)等。

 

 

 

 

 

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