覚醒剤「ヒロポン」の由来は「仕事を愛する」 かつて日本にあった“不適切にもほどがある”商品名の数々【呉智英】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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覚醒剤「ヒロポン」の由来は「仕事を愛する」 かつて日本にあった“不適切にもほどがある”商品名の数々【呉智英】

「日本語ブーム」の今、見落とされてはいけない「日本語の真実」

 

◾️方言「ボボ塗る」が由来の秘薬があった?

 

 ところで、商品名には人を食ったものもかなりある。子供向けの菓子に多いが、これは親しみを感じさせる演出だろう。しかし、大人向けの、考えようによってはかなり深刻な商品に、人を食った命名のものがある。B級雑誌の通信販売広告に出ているセックス用品の商品名だ。

 ある時、B級マンガ雑誌の片隅に性感増進の秘薬の通信販売広告で気になるものを見つけた。その名前がちょっと気になったのだ。「ボヌール」である。これは何の変哲もない名称だが、しかし、何の変哲もないからこそ、逆に気になったのだ。

 この種の秘薬は、漢方薬か支那古典文学の一節を想起させるような命名のものが普通だ。いかにも神秘的な薬効がありそうだからである。その中で、フランス語の「幸福・幸運」を意味する「ボヌール bonheur」は、あまりにも凡庸すぎて不自然である。何かありそうだなと、しばし沈思黙考、やがてはたと気づいた。この性感増進の秘薬は、女性性器への塗り薬である。語源はフランス語に見せかけながらフランス語ではなく、日本語の九州方言の語呂合わせ「ボボ塗る」と考えた方が自然なのである。謎が解けて大笑いだが、作者不詳のこの命名、人を食っていることでは天下一品だろう。

 フランス語風で実は日本語と言えば、1980年代に大流行したノーパン喫茶の第一号店、大阪にあった「エミルマ」もそうだ。もちろんフランス語とは全く無関係で、下から見ると「丸見え」とは、これも人を食っている。

 B級雑誌の通販品の商品名には、まだまだ傑作がある。男性向けの人造女性で局部が電気で動く仕掛けになったものに「腰のフラメンコ」というのがあった。語源考証の要など全くない、誰にもわかる爆笑ものの命名である。それにしても、こんな商品名をつけてマジメな消費者が購入するのだろうか。かえって購買意欲をミスディレクションしているとしか思えないが、これも名のない命名者の不条理な情熱が伝わってくるようで、私は好きである。

(呉智英著言葉につける薬』より抜粋)

 

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呉智英

くれ ともふさ/ごちえい

評論家

評論家。一九四六年生まれ。愛知県出身。早稲田大法学部卒業。評論の対象は、社会、文化、言葉、マンガなど。日本マンガ学会発足時から十四年間理事を務めた(そのうち会長を四期)。東京理科大学、愛知県立大学などで非常勤講師を務めた。『封建主義 その論理と情熱』『読書家の新技術』『大衆食堂の人々』『現代マンガの全体像』『マンガ狂につける薬』『危険な思想家』『犬儒派だもの』『現代人の論語』『吉本隆明という共同幻想』『つぎはぎ仏教入門』『真実の名古屋論』『日本衆愚社会』『バカに唾をかけろ』など著書多数。加藤博子との共著『死と向き合う言葉』(小社刊)がある。「呉智英 言葉の診察室」シリーズ全四冊(①『言葉につける薬』、②『ロゴスの名はロゴス』、③『言葉の常備薬』、④『言葉の煎じ薬』)がベスト新書より【増補新版】で刊行。

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