なぜ私はAVという〝セックスをお金に換える行為〟をしていたのか。今ようやく辿り着いた境地【神野藍】
神野藍「 私 を ほ ど く 」 〜 AV女優「渡辺まお」回顧録 〜連載第36回
早稲田大学在学中にAV女優「渡辺まお」としてデビュー。人気を一世風靡するも、大学卒業とともに現役を引退。その後、文筆家・タレント「神野藍」として活動し、注目されている。AV女優「渡辺まお」時代の「私」を、しずかにほどきはじめた。「どうか私から目をそらさないでいてほしい・・・」連載第36回。
✴︎連載全50回分を加筆修正し、書き下ろし原稿を加えて一冊に編んだ単行本『私をほどく〜 AV女優「渡辺まお」回顧録〜』が6月17日に発売決定・予約開始!作家・鈴木涼美さんも絶賛した衝撃エッセイ!

【〈作りこまれすぎた潔癖な私〉を裏切る】
『すべての不良は、言葉を欲しがっているんだ、とわかった。』
『チェーンやナイフは、言葉の代わりなのだ。』
(『音楽の海岸』村上龍 p,247)
不思議とこの一節を読んだとき、私の中で一つの疑問がすっと浮かび上がった。それなら、私にとって言葉の代わりは何だったのだろうか、と。
今、私の身体の中に日々溜まっていくどろどろとした得体の知れないものたちは、言葉にして、このように書いていく行為によって消化されていっている。ごくたまに、誰かと大事な話―特に感情的になってしまうような内容のときは、自分は話して伝えるよりも、書いて伝える方が相手にきちんと気持ちが伝えられるのではないかと思ってしまうほど、私にとって書くという行為は、自分の抱えている全ての感情や考え、そして名前が付けられないような何かを表現するのに適していると思っている。きっと人によってはその方法が様々で、話すや描くなどの表現として放出する場合もあれば、運動や買い物などの行動で処理する場合もあるのだろう。
あくまで今の私にとってそうであるだけで、思い返せば昔からそうであったわけではないのだ。確かに人より書いてはいたが、それは自分のためではなく、誰かのためや何かのためにといつも明確な目的があった。現在のような内に秘めた何かを言葉にしていたわけではなくて、おあつらえ向きの求められているものを表現していたに過ぎず、いつのまにか書くものだけでなくて、口から出てくる言葉でさえも私のためのものでなくなってしまった。
あの頃は最悪だった。他人が喜ぶ言葉を私の言葉としてぺらぺらと吐き出していて、自分自身でさえもそれが当たり前だと思っていたのだから。
成長の過程で自分の言葉というものを捨てた私にとって、身体の中に堆積したものたちを外へ出すために必要だったのは、人々が描いていたであろう〈私というシナリオ〉にそぐわない行為全てであった。幼少期から「悪」だと決めつけられてきた不道徳なもの、そしてそれらに加えて、命を失わない程度に自分自身を危険に晒すことができるのならば、喜んで受け入れていた。自らの状況を理解してそのように行動していたわけではないが、きっと無意識にも己の中にある〈作りこまれすぎた潔癖な私〉とどこかバランスをとろうとしていたのだと思う。その延長線上にあったのが、セックスをお金に換える行為であり、最終的に行きついたのがあの仕事だったのだろう。
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✴︎KKベストセラーズ 新刊発売決定✴︎
神野藍 著『私をほどく〜 AV女優「渡辺まお」回顧録〜』
が6月17日に発売決定・予約開始!
✴︎
「元エリートAV女優のリアルを綴った
とても貴重な、心強い書き手の登場です!」
作家・鈴木涼美さんも絶賛した衝撃エッセイが誕生
✴︎目次✴︎
はじめに
#1 すべての始まり
#2 脱出
#3 初撮影
#4 女優としてのタイムリミット
#5 精子とアイスクリーム
#6 「ここから早く帰りたい」
#7 東京でのはじまり
#8 私の家族
#9 空虚な幸福
#10 「一生をかけて後悔させてやる」
#11 発作
#12 AV女優になった理由
#13 セックスを売り物にするということ
#14 20万でセックスさせてくれませんか
#15 AV女優の出口は何もない荒野だ
#16 後悔のない人生の作り方
#17 刻まれた傷たち
#18 出演契約書
#19 善意の皮を被った欲の怪物たち
#20 彼女の存在
#21 「かわいそう」のシンボル
#22 私が殺したものたち
#23 28錠1シート
#24 無為
#25 近寄る死の気配
#26 帰りたがっている場所
#27 私との約束
#28 読書について1
#29 読書について2
#30 孤独にならなかった
#31 人生の新陳代謝
#32 「私を忘れて、幸せになるな」
#33 戦闘宣言
#34 「自衛しろ」と言われても
#35 セックスドール
#36 言葉の代わりとなるもの
#37 雪とふるさと
#38 苦痛を換金する
#39 暗い森を歩く
#40 業
#41 四度目の誕生日
#42 私を私たらしめるもの
#43 ここじゃないどこかに行きたかった
#44 進むために止まる
#45 「好きだからしょうがなかったんだ」
#46 欲しいものの正体
#47 あの子は馬鹿だから
#48 言葉を前にして
#49 私をほどく
#50 あの頃の私へ
おわりに