私が医師から下された診断と「死の気配」。逃げずに正面から向き合えるようになった理由【神野藍】
神野藍「 私 を ほ ど く 」 〜 AV女優「渡辺まお」回顧録 〜連載第25回
早稲田大学在学中にAV女優「渡辺まお」としてデビュー。人気を一世風靡するも、大学卒業とともに現役を引退。その後、文筆家・タレント「神野藍」として活動し、注目されている。AV女優「渡辺まお」時代の「私」を、しずかにほどきはじめた。「どうか私から目をそらさないでいてほしい・・・」連載第25回。
✴︎連載全50回分を加筆修正し、書き下ろし原稿を加えて一冊に編んだ単行本『私をほどく〜 AV女優「渡辺まお」回顧録〜』が6月17日に発売決定・予約開始!作家・鈴木涼美さんも絶賛した衝撃エッセイ!

【医師が私に話してくれたこと】
ある日、一通の封筒がやけに目についた。きっと普段だったら中身を一瞥して「まあ面倒だからいいか」とそのままゴミ箱の中に放り込んでいただろう。ただ、あの夏の日だけは捨てることなく、その紙に記載されていた通りの手順ですんなり予約まで済ませていたのだ。大した理由などなく、本当にただ何となく、呼吸をするぐらい自然なまでに。
「1058番さん、診察室Aにお入りください。」
淡々としたアナウンスが廊下に鳴り響く。何度も自分に割り振られた数字を確認していたので、呼ばれたのが自分であることはすぐに分かった。腰かけている待合の椅子から目的の場所までは三メートルほどしか離れていないのに、ドアの引手を握るころにはどっと身体が重くなっていた。私を待ち受けていた医師は「早速だけど」と説明をし始めた。自分の内側にしまってある臓器をまじまじと見るのは初めてで、なぜか少しだけ「ちゃんとこの世界で生きているんだ」なんて感動してしまった。そんな私をよそに医師は話をどんどんすすめていき、何の知識もない私に対してすごくかみ砕いた説明をしてくれた。それにもかかわらず、私の頭に情報として残ったのはほんの少しだけであった。
〈子宮頸がんの一つ手前の異変が起きている状態。何もできることはないけれど経過観察は必要で、半年後にまた検査をしないといけない。〉
家に帰っても状況が掴めずにふわふわとしていたが、組織をぐりぐりと抉り取られた痛みが先ほどの出来事が現実であることを教えてくれた。私の心に処理しきれない感情が雪崩れ込んできて、何も感じられない状態へと落ちていった。悲しいとか苦しいとか、そんなのがどろどろに混じり合っている。どうにか現実を飲みこむために、ネットで〈原因〉とか〈治療〉とか思いつく言葉を打ち込んで、大量の文字を摂取しても全てが無駄であった。その日は無理やり思考のスイッチを切るために睡眠薬を摂取して眠りについた。目が覚めても、全てが夢だったなんてオチもなく、身体に何か異変が起きたままの日常が始まるだけであった。
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✴︎KKベストセラーズ 新刊発売決定✴︎
神野藍 著『私をほどく〜 AV女優「渡辺まお」回顧録〜』
が6月17日に発売決定・予約開始!
✴︎
「元エリートAV女優のリアルを綴った
とても貴重な、心強い書き手の登場です!」
作家・鈴木涼美さんも絶賛した衝撃エッセイが誕生
✴︎目次✴︎
はじめに
#1 すべての始まり
#2 脱出
#3 初撮影
#4 女優としてのタイムリミット
#5 精子とアイスクリーム
#6 「ここから早く帰りたい」
#7 東京でのはじまり
#8 私の家族
#9 空虚な幸福
#10 「一生をかけて後悔させてやる」
#11 発作
#12 AV女優になった理由
#13 セックスを売り物にするということ
#14 20万でセックスさせてくれませんか
#15 AV女優の出口は何もない荒野だ
#16 後悔のない人生の作り方
#17 刻まれた傷たち
#18 出演契約書
#19 善意の皮を被った欲の怪物たち
#20 彼女の存在
#21 「かわいそう」のシンボル
#22 私が殺したものたち
#23 28錠1シート
#24 無為
#25 近寄る死の気配
#26 帰りたがっている場所
#27 私との約束
#28 読書について1
#29 読書について2
#30 孤独にならなかった
#31 人生の新陳代謝
#32 「私を忘れて、幸せになるな」
#33 戦闘宣言
#34 「自衛しろ」と言われても
#35 セックスドール
#36 言葉の代わりとなるもの
#37 雪とふるさと
#38 苦痛を換金する
#39 暗い森を歩く
#40 業
#41 四度目の誕生日
#42 私を私たらしめるもの
#43 ここじゃないどこかに行きたかった
#44 進むために止まる
#45 「好きだからしょうがなかったんだ」
#46 欲しいものの正体
#47 あの子は馬鹿だから
#48 言葉を前にして
#49 私をほどく
#50 あの頃の私へ
おわりに