三島由紀夫が語った「お茶漬けナショナリズム」をバカにできない理由【適菜収】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

BEST TiMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ

三島由紀夫が語った「お茶漬けナショナリズム」をバカにできない理由【適菜収】

【隔週連載】だから何度も言ったのに 第39回


今年3月の訪日外国人数(推計値)は、前年同月(6万6121人)の27倍超の181万7500人。コロナ禍前2019年3月(270万人)の65.8%の水準まで回復した。日本人の海外旅行人気も回復傾向だ。因みにGW人気海外都市ベスト3は1位はソウル、2位は台北、3位はホノルル。台湾取材から帰ってきた著者が感じたこととは? 近著『日本をダメにした新B層の研究で近代大衆社会の末路を鋭く分析した適菜収氏の「だから何度も言ったのに」連載第39回。


三島由紀夫

 

■お茶漬けナショナリズム

 

 先日、台湾に10日ほど取材を兼ねて行ってきた。台湾に行くのは5回目。20年ぶりである。初めて台湾に行った1995年には、台北駅(台北車站)前にはすでに新光三越百貨店はあったと思う。当時は台湾の物価は安いと思ったが、今は日本とそれほど変わらない。当時はなかった地上101階建ての高層ビル「台北101」に行ってみたが、MRTの「台北101/世貿」駅を出て、すぐのところ(B1)に小籠包で有名な鼎泰豊があり、電光掲示板には165分待ちとあった。そのすぐ横にあるスーパーマーケットを覗いたら、たまごが10個で700円、牛乳が1リットルで450円くらい。「台北101」の中だから高いのかと思い、安そうなスーパーマーケットにも行ってみたが、値段は同じくらいだった。

    *

 88階にある展望台に昇るには、有料のエレベーターに乗る必要がある。大人1600元(約2600円)だが、並ばずにエレベーターに乗ることができるファストパスは1200元(約5200円)。エレベーターに乗るだけなのに高すぎる。ボロ儲けだろう。見晴らしがいいだけなので、お勧めしない。

    *

 台湾の景気はよさそうだった。一方、この30年で日本は衰退してしまった。これは印象論ではない。日本の1人当たり名目GDP2022年に台湾に抜かれ、今年は韓国に抜かれる。

    *

 ゲーテは「外国語を知らない人は自国語についても無知である」と言った。外国語を知ることで初めて客観的に自国語を知ることができるのである。それと同じで、外国に行くと現在の日本の状況がはっきり見えてくる。夜郎自大の井の中の蛙たちが「安倍さんすごい」「日本すごい」と自慰史観で思考停止を続けている間に、日本はアジアの貧国になっていた。

    *

 海外から日本に帰ってくるたびに思い出す三島由紀夫の文章がある。

《外国へ行くと愛国者になるというが、一概にさうしたものでもあるまい。日本にいて、日本のよさがわからないやうな人が、もっと遠くへ行ってわかるやうになるといふ理屈はないのである。それは大方、やっぱり刺身が恋しいとか、おみおつけが恋しいとかといふ、他愛のない愛国心であろう》(「お茶漬けナショナリズム」)

 しかし、今となっては「お茶漬けナショナリズム」をバカにはできないと思う。わが国はここ30年にわたりナショナリズムを破壊してきた。結果、国民の分断は進み、いかがわしい連中が跋扈するようになった。政治には希望が持てない。私は世界各国かなりの国に行ったが、日本は酒を飲み歩くのにはとてもいい国である。洗練された店もそれなりにある。失ってはならない最後の一線がここにある。

    *

 台湾にはおいしい料理屋が多い。それに台湾人は親切で優しい人が多い。ちょっと道を尋ねただけでも、目的地まで一緒についてきてくれたりする。花蓮に住んでいる台湾人の友人が株で少し儲けたらしく、「家を買ってあげるから、花蓮に引っ越してこい」と言う。私の仕事はどこにいてもできるので、それもいいかなと思ったが、台湾の酒文化にはあまり馴染めそうにない。台湾では夕食のときに酒を飲まない。酒を置いていない店も多い。友人が所属する警察関係の人たちは、夜は仲間で集まって大声で喋り、大声で笑い、延々と酒を飲んでいた。楽しいけど毎晩おつきあいするのはつらい。静かな店で独酌できなくなるのは嫌だ。これも「お茶漬けナショナリズム」か。

次のページ乃公の国には富士山がある

KEYWORDS:

✳︎KKベストセラーズ  適菜収の好評最新刊✳︎

日本をダメにした 新B層の研究

✳︎

全国書店、Amazonで絶賛発売中

以下のカバー画像をクリックするとAmazonページにジャンプします

  • 目次

はじめに−−「B層」とは何か?

✳︎

第一章 内田樹と『日本辺境論』

辺境と偏狭

プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神

B層グルメと某評論家

B層という言葉が出てきた経緯

なぜ日本はこんなことになってしまったのか

ルース・ベネディクトの『菊と刀』

安倍晋三の行動原理

学問のブレイクスルー

マイケル・ポランニーと暗黙知

百人一首を暗記する意味

「型」を知るということの贅沢

 ✳︎

第二章 自立を拒絶する人たち

白井聡の『永続敗戦論』

終戦記念日という欺瞞

冗談は櫻井よしこさん

「サヨク」と「保守」の自己欺瞞

「主権の欲求不満」の解消

 ✳︎

第三章 「正義」を笠に着る人たち

ウクライナ首都の名称変更は「正義」なのか?

「人間は見たいものしか見ない」

社会的リンチというB層の「正義」

人種問題における「正義」の暴走

「ルッキズム」批判は「正義」なのか?

言葉狩りは「正義」なのか?

若年層に選挙権を与えるのは「正義」なのか?

山本太郎と「正義感」について

 ✳︎

第四章 陰謀論に走る人たち 

「無知の知」と「無恥の恥」

不道徳としか言えない果物屋

「維新に殺される」

新型コロナは「バカ発見器」でもあった

ひっくり返って駄々をこねる老人たち

Yahoo!ニュースのコメント欄

知識はあるけど教養がないバカ

デマは言論の自由にあらず

社会の変化は元には戻らない

99%の人が知らない話

✳︎ 

第五章 無責任な人たち

安倍の次は維新に騙されるB層

メディアの劣化が止まらない

大阪都構想のデマと事実隠蔽

総選挙で湧いてきたB層

✳︎ 

第六章 恥知らずな人たち

飼い犬の遠吠え

安倍晋三の本質を映し出す一枚

ツッコミ待ち政治家だらけの国

日本の崩壊に気づいていないB層

日本最大の権力者は「改革バカ」

「ジューシー」発言は外部の拒絶

悪意なく嘘を重ねる人々

カルト化した自民党広報本部

百田尚樹の「歴史改ざんファンタジー」

日本人は悪に屈したネトウヨ用語を使い騒ぎ出した元首相

✳︎ 

おわりに−−人間は過去を忘れ野蛮は繰り返される

 ※上のカバー画像をクリックすればAmazonページにジャンプします

オススメ記事

適菜 収

てきな おさむ

1975年山梨県生まれ。作家。ニーチェの代表作『アンチクリスト』を現代語にした『キリスト教は邪教です!』、『ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体』、『ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒』、『ミシマの警告 保守を偽装するB層の害毒』、『小林秀雄の警告 近代はなぜ暴走したのか?」(以上、講談社+α新書)、呉智英との共著『愚民文明の暴走』(講談社)、中野剛志との共著『思想の免疫力 賢者はいかにして危機を乗り越えたか』、『遅読術』、『安倍でもわかる政治思想入門』、『日本をダメにした新B層の研究』(KKベストセラーズ)、『ニッポンを蝕む全体主義』『安倍晋三の正体』(祥伝社新書)など著書50冊以上。「適菜収のメールマガジン」も好評。https://foomii.com/00171

 

この著者の記事一覧

RELATED BOOKS -関連書籍-

日本をダメにした新B層の研究
日本をダメにした新B層の研究
  • 適菜収
  • 2022.08.10
思想の免疫力: 賢者はいかにして危機を乗り越えたか
思想の免疫力: 賢者はいかにして危機を乗り越えたか
  • 中野剛志
  • 2021.08.12
古典と歩く大人の京都 (祥伝社新書 677)
古典と歩く大人の京都 (祥伝社新書 677)
  • 適菜 収
  • 2023.03.31