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スカーフ着用は個人の自由? トルコはイスラーム化しているのか?【山本直輝】

現代トルコのイスラーム運動 ―イスタンブールのイスラーム学ルネサンス―

イランでスカーフの着用を巡り逮捕された女性が死亡した事件に対してトルコでも抗議活動が行われた(2022年10月2日)

 

 

 トルコ共和国において親イスラーム的政党として知られる公正発展党が結党して20年が経った。公正発展党は高い成長率に支えられながら、現大統領レジェプ・タイイプ・エルドアンの政権基盤を支えてきた。しかしここ数年はトルコ経済危機によって日に日に支持率は下がりつつあり、政権維持のための政策の極右化も指摘されている。トルコ国民も先の見えない国の将来に不安を募らせている。

 さて公正発展党がトルコ共和国において親イスラーム的であると述べたが、そもそもトルコにおいて「イスラーム的」であるとはどういう意味だろうか? 「イスラーム教徒を非イスラーム教徒から区別する基準・シンボル」のことだろうか? それとも「より良いイスラーム教徒になるための指針」があり、それに従えば「イスラーム的」になるだろうか? イスラーム原理主義やイスラーム主義、イスラームフォビアなど「イスラーム的」なるものをめぐる様々な用語を我々は耳にしているが、実際にそれが何を指すのかを深く考える機会はあまりない。

 

(1)スカーフ着用は個人の自由?

 

 例えばトルコにおいては服装は個々人の宗教的信念、特に「イスラーム的自己」を表明するものであると理解されている。

 トルコはムスリムが多数派を占める国のなかではトップクラスに厳しい世俗主義を掲げる国であり、政教分離政策の一環として1980年の軍事クーデター以降、女性はスカーフを着用して大学などの公共施設で働くことが禁じられていた。それ以来スカーフの上にカツラを着用して学校に通う女学生や教育を受けることを諦めた女性、スカーフを着用して高等教育を受けるためにヨーロッパやアメリカに留学する女性がいた。

 それが公正発展党が与党となって2008年、スカーフ着用を解禁するための憲法改案が国会で賛成多数で可決されたことでスカーフを着用できるようになったのである。憲法改正後、過去にスカーフを被れなかったことで大学進学を諦めた母親が大学を受験、見事合格し息子と同じ大学に同級生として入学するというケースもあった。

 この公共の場におけるスカーフ着用解禁をめぐり、公正発展党はトルコ共和国の世俗主義の原則を揺るがす「イスラーム的」、「イスラーム主義的」政党であると反対派からは激しい批判を受けたが、そもそも特定のファッションを個々人の宗教的信念と結びつけ、教育を受ける機会を制限することは教育を受ける権利に対する人権侵害なのではないか、という反論もある。

 教育が国民国家の望む均質化された国民を生み出すための手段であることはどの国も同じである。トルコにおいても、教育現場において「イスラーム的」とみなされ排除されたものは服装だけではない。オスマン帝国においてイスラーム学者を要請する学校であったマドラサ(日本でいう寺子屋)や道徳・倫理教育を行うテッケはトルコ共和国成立翌年の1924年の教育統一法によって閉鎖され、代わりに宗教職務を担う役人を養成するイマーム・ハティプ学校が開校された。しかしこのイマーム・ハティプ学校もその時々の政権の世俗主義政策の濃淡によって閉鎖と再開を繰り返しており、伝統イスラーム諸学を学ぶ機会は失われた。

 

(2)イスタンブールのイスラーム学ルネサンス

 

 しかし、公正発展党政権下の過去二十年の間、公教育の外での草の根活動としてイスタンブールで伝統イスラーム学の復興現象が起きている。東アジアの伝統教育で重んじられていた四書五経とその注釈群のような伝統教育のカリキュラムを掘り起こし、次世代の若者に教えるための私塾が多数設立されたのだ。

 学生たちは昼間は大学で勉強、夜間や週末にこれらの私塾で開催される伝統イスラーム学の授業に通うことになる。四書五経が漢語で書かれているように、伝統イスラーム学の教科書も基本すべてアラビア語である。トルコ人学生にとってはまずアラビア語の習得が課題となるのだが、私塾でアラビア語教育を担っているのはシリア人の教員たちである。

 彼らのほとんどはシリア内戦の結果トルコに亡命してきた難民達である。シリアは中東諸国でも屈指の伝統イスラーム学の中心地であったことから、亡命者の中にはアラビア語の専門家、伝統イスラーム学者、写本学者が多数いた。イスタンブールの私塾はこのような人材をいち早く採用した。

 また失われていた伝統イスラーム学カリキュラムの掘り起こしにおいてはクルド人のイスラーム学者が中心的な役割を担っている。クルド人というとメディアではPKK(クルディスタン労働者党)によるクルド独立運動が注目されるが、クルド人は同時に「伝統イスラーム的なるもの」のシンボルでもある。1924年のマドラサ・テッケ閉鎖によりイスタンブールではイスラーム教育の機会が大幅に制限されることになったが、トルコ東部のクルド人が多数派を占める地域では「東部マドラサ」と呼ばれる伝統イスラーム学の寄宿学校が現在まで残り続けてきた。

 イスタンブールの私塾の運営者たちは、この東部マドラサのカリキュラムをベースにプログラムを組み、また実際にそこで教育を受けてきたクルド人の学者を東部からイスタンブールへと呼び込んだ。

 正確な統計は存在しないが、現在イスタンブールで伝統イスラーム学のカリキュラムを大学生向けに提供する私塾は20~30ほど存在する。授業料は基本無料である。

イスタンブールで伝統イスラーム学の教育を提供する私塾

 

 

◆トルコはイスラーム化しているのか?

 

「イスラーム的」な政策を打ち出す公正発展党によってトルコは世俗主義の原則が揺らぎ、社会が「イスラーム化」しつつある。このような論調のメディアは多いが、実は大事なのはトルコがイスラーム化しているかどうかという真偽の判断ではなく、我々はイスラームをめぐるトルコ社会の様々な側面をどこまで理解しているのかではないだろうか。つまり、トルコ人達は何をイスラーム的だと理解してきたのか、よりイスラーム的な生活、人生を送るために社会に何を望み、何を変革してこようとしてきたのか、あるいはどんなものをイスラーム的と見なし、政教分離のもとで公的領域から取り除こうとしてきたのか。

 特に「イスラーム的なるものは何か」という問いを学問的に深めるための場としての伝統イスラーム学私塾の現場についてはこれまであまり知られてこなかった。しかし、この私塾でシリア人教員とクルド人教員からトルコ人学生が教育を受けている現場から見えてくるのは、民族や国家を超える人々のモビリティとコスモポリタニズムだ。これもまたトルコの姿である。

 

文:山本直輝

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山本直輝

やまもと なおき

山本直輝(やまもと・なおき)

1989年岡山県生まれ。広島大学附属福山高等学校卒業。同志社大学神学部卒業、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了。博士(地域研究)。専門はスーフィズム、トルコ地域研究。 トルコのイブン・ハルドゥーン大学文明対話研究所助教を経て現在、国立マルマラ大学大学院トルコ学研究科アジア言語・文化専攻助教。主な翻訳に『フトゥーワ―イスラームの騎士道精神』(作品社、2017年)、『ナーブルスィー神秘哲学集成』(作品社、2018年)。

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