「デジタル庁創設の舞台裏」と「デジタル戦略 失敗の理由」【甲斐誠】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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「デジタル庁創設の舞台裏」と「デジタル戦略 失敗の理由」【甲斐誠】

「デジタル国家戦略 失敗つづきの理由」集中連載【第2回】


デジタル庁発足から丸一年。度重なる大臣の交代、情報漏えい、不祥事、サイバー攻撃、システムトラブルetc. 河野太郎デジタル相は2022年8月17日の就任式で、「デジタル庁を辞めて民間に帰った人が、もう一度戻ってくれるようなデジタル庁にしたい」「大臣室はオープンにする」と語った。人材不足が深刻であることを隠しもしなかったということだ。デジタル庁という組織が抱えている問題は、まさにいま日本が抱えている難問そのままではないか。いやそれだけじゃない。あなたの会社の問題と被るかもしれない。中央省庁を長年取材し、日本のデジタル戦略の最前線を取材しつづけた記者が明かす事実とは・・・。電子書籍『デジタル国家戦略 失敗つづきの理由』の発売を記念して集中連載。第2回は、「『デジタル庁創設の舞台裏』と『デジタル戦略 失敗の理由』」。


辞令交付後に記念写真に納まる平井卓也デジタル相(左)と菅義偉首相 (2021年9月1日、当時)。日本のデジタル社会実現の司令塔としてデジ タル庁は発足。「デジタル庁は、この国の人々の幸福を何よりも優先し、 国や地方公共団体、民間事業者などの関係者と連携して社会全体のデジ タル化を推進する取組を牽引していきます」とHPで謳っている。

 

 <理由1■創設前夜>

 

 ◆24時間365日

「私がなぜ、デジタル庁をつくると言ったかというと、どうしても各省庁が(権限を)持っているんです。法律改正しないと(改革)できませんから、思い切ってその象徴としてデジタル庁をつくる。法改正に向けて早速準備していきたい」

 2020年9月14日、自民党の新総裁として初会見に臨んだ菅義偉氏は、時折笑顔を垣間見せながら、デジタル庁創設構想を急にぶち上げた理由をこう説明した。デジタル社会の実現に必要な規制緩和や政策を実施するには、各省庁がばらばらに保有する権限を統合する組織が必要だったと指摘し、翌年の通常国会に向け関連法案を提出する考えまで披露した。

 総裁選を勝ち抜いた直後の高揚感からか、いつになく能弁な菅氏は、新型コロナウイルスの感染拡大下で10万円の特別給付金の振り込みに時間を要したことなどを念頭に「(コロナ禍で)日本のデジタル関係が機能しなかったのが、一つのきっかけです」と言い切った。

 デジタル社会の身分証明書としての活用が期待されるマイナンバーカードについても「これだけのお金をかけて(普及率)12%でしたから。これを普及させようとして、まずやったのは、厚労省に健康保険証として使えるように、これは侃々諤々(の議論を)した。かなり強い抵抗があったが、これは何とか協力してもらえるようにした。もうそんな時間がかからず保険証として使えるようになるのではないか」と、健康保険証とマイナンバーカードの一体化を進めてきた経緯も明らかにした。

 さらに「少しずつ省庁の壁を越えながら、最終的にはマインナンバーカードがあれば、役所にわざわざ行かなくても24時間365日、(行政手続きが)できるようにしたい」と大風呂敷を広げて見せた。

 

◆地方でも都市並みを提言

 菅氏が総裁選の公約として掲げ、一躍日の目を浴びたデジタル庁構想だが、実際にはかなり前からIT企業関係者や大学教授らの間では創設を求める機運が高まっていた。自民党のデジタル社会推進特別委員会でも2020年6月にまとめた提言「デジタルジャパン2020」の中で、「DX組織(省/庁)」の新設を求めると明記していた。委員会メンバーには、党内でIT政策通と目される議員の大半が参加しており、この時点で一定の合意形成があったと思われる。副題は「コロナ時代のデジタル田園都市」。翌年の総裁選で岸田文雄首相が掲げた「デジタル田園都市国家構想」につながる伏線もできあがっていた。少なくともここ数年間、IT政策を取り仕切る組織の新設が政治課題として浮上していたことが分かる。

 さらに言えば、2019年に自民党内でまとめた提言にも「デジタル・ガバメント庁」の設置を求める文言が盛り込まれていた。2018年は「デジタルトランスフォーメーション(庁/省)」、2017年は「情報通信省」という言葉で登場する。電波・通信行政という枠から離れ、IT技術で統治の仕組み自体を変えていこうとする思想が生まれ、形を変えながら実現への道を徐々に進んできたようだ。

 2020年版の推進委提言は、デジタル庁創設以外では医療、防災、教育、エンタメなど幅広い分野でデジタル活用を図るよう求め、それぞれの政策が実現した2030年の日本社会の姿をかなり具体的に描いていた。以下、主な部分を抜粋する。

「『逆都市化』が進み、日本は人々が地方でも幸せに暮らせる人間中心の『デジタル田園都市国家』となっている」

「都市部の企業では社員の多くが地方に住み、都市部並みの収入で働いている」

「教育機関はオンライン授業を取り入れ、教師は単なるティーチングから、個別の『コーチング』へと役割をシフトしている」

 その一方で、2030年には日本の人口は約1億1600万人に減少し、65歳以上が人口の約3分の1を占め、社会保障には限界が見え始めていると予測。厳しい認識を示した。人口減と社会保障費の増加に見舞われる中でも、デジタル技術の活用で一定水準以上の生活レベルの社会を維持したい―そんな願望も入り交じった提言だったが、大半がその後、政府の政策に反映された。

 

◆イット?

「森喜朗首相はつい先日までITを『イット』とよんでいた」。2000年半ば、当時の民主党の鳩山由紀夫代表が演説のネタにするなど、日本の政治家の大半は情報通信技術への関心が低かったように思われている。ただ、当時の国会では「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法」(IT基本法)が11月に成立するなど日本のIT政策がようやく小さな一歩を踏み出し、ほぼ何もない状態から法律や行財政制度の仕組みを整えようとする動きもあった。同法に基づき、政府は「高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部」を設置し、官民が総力を挙げて取り組む「e–Japan戦略」を決定するなど、推進体制が整い始めた。

 2001年1月の施政方針演説で森首相(当時)は「IT革命の推進は、二十一世紀におけるわが国の発展、そして『希望の世紀』実現の鍵となる」と強調、「今後5年以内に世界最先端のIT国家となることを目指す」と宣言した。

 しかし、それから20年以上経過した現状はどうなっているだろうか。

 国連の電子政府ランキング(2020年版)によると、日本は14位にとどまっている。順位は18年の10位から下がった。人工知能(AI)の導入やビッグデータの活用が進んでいないといい、世界64カ国が対象の早稲田大電子政府・自治体研究所の調査でも、19〜20年は7位だった。光ファイバー網の整備など世界最高水準のインフラを保有する一方、利用はいまひとつというのが実態だ。

 IT政策に詳しい有識者の一人は「政府は、通信インフラの整備だけに注力し、後は民間に任せておけば自然に活用が進むと思っていた」と述懐する。地元の実情を踏まえずに大型の文化ホールやスポーツ施設などを用意してみたものの、結局十分利用されずに終わる、いわゆる「ハコモノ行政」と同じ構図に陥りつつある。こうした背景事情もあって、中央省庁や都道府県、市区町村の行政手続きを急速に電子化し、民間にデジタル活用を波及させる必要があるとの認識が広まり、今回のデジタル庁創設につながった。

 

(第3回へつづく)

 

文:甲斐 誠

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<内容>

過去を振り返れば、日本のデジタル国家戦略は失敗の連続だった。高い目標を掲げながらも先送りや未達成を余儀なくされるケースが多かった。なぜ失敗つづきだったのか? どうすれば良かったのか? 政府主導のデジタル化戦略の現場を密着取材してきた記者がつぶさに見てきたものとは何だったのか? 一般のビジネスマンや生活者の視点もまじえながら、「失敗の理由」を赤裸々に描写する。

■そこには、日本の組織や人材の劣化があった。読者は他人事とは思えない「失敗する組織」の構造を目の当たりにするだろう。

■さらに、先進IT技術の導入による社会変革、いわゆる「デジタルトランスフォーメーション(DX)」が急展開する中、われわれはどう適応し、どうやって無事に生き残っていくべきか? 「デジタル化失敗の理由」を20個厳選し、必須知識として本文中に詰め込んだ。

■セキュリティの厳しさから、DX推進の総本山であるはずのデジタル庁は、中央省庁の職員でさえ敷居が高く、全貌が見えにくい。急激に変貌する社会とわれわれはどう付き合っていけば良いのか? 本書ではデジタル庁とその周辺で今後起きる事態を予測しつつ、読者に役立つ知識を提供する。

 

 

<目次>

 

まえがき 日本のデジタル国家戦略は、なぜ失敗しつづけるのか 

 

第一章 即席官庁

 

理由1■創設前夜 

・時間365日 

・地方でも都市並みを提言 

・イット? 

理由2■15番目の省庁 

・人集め 

・虎ノ門から紀尾井タワーへ 

・幹部人事 

理由3■デジタル庁始動 

・新しい社会を 

・リボルビングドア 

・誓約書 

・総裁選不出馬 

 

第二章 監視社会

 

理由4■エルサルバドル仮想通貨大失敗のゆくえ 

・ビットコインを法定通貨に 

・ビットコインの街 

理由5■GPS管理される社員こそ本物の社畜 

・リモートワークで暴走する社員管理 

・「部屋を見せて」 

・ウェブ閲覧履歴はどこまで見られているのか 

理由6■社内メールで懲戒になる例とは? 

・東京都職員の例 

・心理的安全性 

・情報はどこまで守ってもらえるのか 

 

第三章 未完のマイナンバー

 

理由7■マイナンバーと口座の紐付けをぶち上げた総務大臣の苦杯 

・コストパフォーマンスが悪過ぎる 

・口座紐付け 

理由8■取った方が良いのか 

・キャバ嬢のケース 

・張り込み週刊誌記者の場合 

理由9■始まりは「国民総背番号制」 

・70年代に検討取りやめ 

・多数の不正利用 

・3度目の挑戦 

理由10■マイナンバーの登場、そして利用範囲の拡大 

・相次いだトラブル 

・信頼なき社会 

 

第四章 相次いで登場した政府開発アプリ

 

理由11■政府が推奨したCOCOA、失敗の原因 

・不具合

・8・5倍に膨らんだ契約額 

理由12■オリパラアプリ、思わぬ副産物 

・アプリ一つに73億円 

・転用、使い道広がる 

・電子接種証明書を開発 

 

第五章 システムとデータで日本統一

 

理由13■アマゾンを採用した日本政府 

・政府調達で日本企業の参加なし 

・システムトラブル 

・外資にやられる日本 

理由14■システム統一の野望 

・17業務 

・書かない窓口の普及 

・自治体は国の端末になるのか 

 

第六章 デジタル敗戦からデジタル統治への野望

 

理由15■敗北の実態 

・本当に負けていたのか 

・加古川方式 

理由16■新たな統治構造 

・役所から人が消える日 

・デジタル庁が思い描く未来 

・未来社会の到来を阻む障害とは 

・ネオラッダイト 

理由17■サイバー攻撃に耐えられるデジタル統治国家なんて幻想 

・世界初の国家標的型サイバー攻撃 

理由18■ウクライナvsロシアのサイバー戦争から何を学ぶか 

・サイバー空間での攻防 

・オンライン演説行脚 

・対策は? 

 

第七章 デジタル社会の海図

 

理由19■日本は大丈夫か 

・日本のサイバーセキュリティの現状は? 

・デジタル人材の育成は進むのか 

・移民受け入れで「開国」要求 

理由20■われわれは何を信じ、どこまで関わるべきなのか 

・信用できるネット社会

・ベースレジストリに漏洩の恐れはないのか

・法令データ検索 

・岸田政権が掲げたデジタル田園都市構想のゆくえ 

 

あとがき デジタル管理社会は日本人を幸せにできるのか

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甲斐 誠

かい まこと

ジャーナリスト

甲斐 誠(かい・まこと)

行政ジャーナリスト。1980年生まれ。東京都出身。大手報道機関の記者として、IT技術から地域活性化まで幅広いテーマで20年近く取材、執筆活動に従事。中部・九州地方での勤務を経て、東京の中央省庁を長年取材してきた。ラジオ出演経験あり。主な執筆記事にITmediaビジネスオンライン「失敗続きの『地域活性化』に財務省がテコ入れ」や「周回遅れだった日本の『自転車ツーリズム』」など。国と地方自治体の情報システム改革に伴う統治構造の変容など社会のデジタル化に関する課題を継続的にウォッチし続けるほか、世界遺産や民俗など地域振興に関連する案件の調査も行っている。今回、デジタル庁をつぶさに取材し、そこで目撃した事実を検証しまとめた電子書籍『デジタル国家戦略  失敗つづきの理由』(KKベストセラーズ)を刊行。デジタル庁の実情を題材にしながらも、「日本の組織の現状と問題点」を炙り出している。

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  • 甲斐誠
  • 2022.09.07