「楽に学べる」本ブームと陰謀論【仲正昌樹】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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「楽に学べる」本ブームと陰謀論【仲正昌樹】

 

 陰謀論は、分かった気になりたい人たちの究極のおもちゃである。世間の普通の知識人たちは、政府や大手マスコミの宣伝に騙され続けているのに、自分たちは、●●先生に出会ったおかげで、世界を動かしている真実をいち早く知ることができる、人々を啓蒙する使命を与えられた特別なエリートだ、という優越感に浸ることができる。いろんな面で人生に行き詰まり、この先希望が持てそうなことがなさそうな人にとって、陰謀論は完全に陶酔できる喜びをもたらす。

 宗教に入信して、「今この教えに出会えたあなたは選ばれし者だ」、と使命感を与えられるのと似たような感じだろうが、宗教がお布施とか布教活動、修業を要求するのに対し、陰謀論は、一冊の本を読むかサイトの固定客になるだけで、優越感・使命感を与えてくれるので、一度はまったらなかなかやめられなくなる。優越感・使命感を与えてくれる物語であることが肝心なので、自分たちのストーリーに矛盾があることや一貫性がないこと、事実認識に誤りがあること、証明の仕方に飛躍があることなどを指摘されても、気にならない。

 二〇二〇年のアメリカ大統領選の際、トランプ信者たちは、CNNなどの大手マスコミの報道は全てインチキだと断定した、そのソースとしてQアノンやトランプ派の法律家の伝える“証拠映像”などを引き合いに出したが、それらのソースの信ぴょう性と、CNNなどのそれとを比較しようとはしなかった。今回のウクライナ危機でも、ウクライナにアメリカの資金援助で生物兵器の研究施設が建設されているとする、Qアノンやタッカー・カールソンなどの、反バイデン―ゼレンスキーの“情報”を一方的に信じ、そうした情報には根拠がないとして相手にしない大手メディアの報道は隠蔽だと決め付ける。

 自分に都合がいいこと、つまり、自分が選ばれし者として振る舞うのに都合のいい情報以外は受けつけないのである。この手の人たちは、現実の生活ではさえない自分を、ネットの世界で目立たせ、エリートとして偉そうに振る舞う、という目的のために、“情報収集”しているのである。だから、トランプ、Qアノン、カールソン、ミアシャイマー、馬渕睦夫といった人たちの発言をRTすると、自分も目立てるということが分かると、それ以上の努力をしなくなる。

  陰謀論者ではなくても、知ったかぶりしたいという動機が先に立って、カンタンに学べる系の本に頼って“勉強”、“情報収集”している人は、一度、偉そうに振る舞うためのソース、(素人には)“権威”(らしく見えるもの)を見つけると、そこに安住してしまい、努力しなくなる。自分が知っているつもりのことは、本当に正しいのか、どうやって検証すればいいのか考えなくなる。

 人間はもともと横着であるが、中高年になってくると、新たに学ぶことがかなり億劫になる。中高年どころか、大学入試を終えた時点で、勉強するのが嫌になり、自分には基礎ができていないことを直視しなくなる大学生はかなり多い。大学教員である私は、日々そういう連中と対峙している。

 私は政治思想史や倫理学などの他にドイツ語も担当しているが、一年生向けの初習言語を教えていると、中高の時に勉強する習慣が「身に付いていない」まま、大学生になってしまう子がいかに多いか、日々実感する。

 語学を勉強する基礎ができていない子は、単語の発音や基本構文をなかなか覚えられない。私は、家に帰って五回くらいちゃんと声に出して発音すれば、大抵覚えると言っている。ちゃんとできる子は、それをやっている。それをやろうとしない人間は、覚えられない。

 そういう連中は、教室でみんなで一緒に声を出して発音練習する時も、口を動かさないでぼうっとしている。中高の授業ではそれでよかったのだろう。だから、「今さっきみんなで発音した文を言ってみなさい」、と指示しても、その単純なことができない。発音からして、似ても似つかない代物になってしまう。恐らく、私のようにいちいち注意する教員がいないと、教室に座っているだけで、勉強したつもりになってしまうのだろう。

 聞き取りの練習をさせると、分からない単語が続くとすぐに諦める。書き取ろうとしない。何となくこういう風に聞こえた、というのを適当な綴りで書き留め、一通り聞き終わった後に辞書で調べる、という、私からすると、反射的な動作になっていてしかるべきことをやろうとしない。そもそも聞き取り練習をしたことがほとんどないのだろう。金沢大学では、週二コマ英語の授業があり、少なくとも一つはネイティヴの先生が担当しているはずだが、聞き取り練習は一切やっていないらしい。だから、BBCとかCNNのニュースとか、サンデル先生の白熱教室とかの、かなり分かりやすい英語でも全然聞き取れるようにならない。

 辞書の使い方もひどい。見出し語の最初の意味だけ見て、分かったことにする。二番目以降の意味も載っていることに気付いていない可能性さえある。訳してみた時、それだと、文全体の意味が通じなくなるのに、気にしない。同じ単語が、名詞であったり形容詞であったり、他動詞であったり自動詞であったりすることに全く無頓着。前置詞や副詞として組み合わせた熟語としての使い方も出ているが、そういうのも無視。英和辞典でさえその調子だから、ドイツ語の辞書で、名詞の性別とか格変化、動詞の人称変化・時制変化を調べさせても、なかなか情報を読み取れない。語学辞書というのは、いろんな情報を圧縮して表現しているので、使い慣れていないと、どこを見ればいいのか分からない。試験の時に辞書を使ってもいいことにしているが、辞書を日々使っていない学生は、自分が今必要としている情報を取り出すことができない。辞書を日頃からよく使って、引き慣れておきなさい、と言っても、それができない、あるいは、やる気が出ないようである。

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仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

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