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若者にこそ知ってほしい!【令和の億り人が静かに教える】「資本主義」のしくみ①

 資本主義という「ゲーム」では、そのルールを知る人間が勝つのは当たり前だ。日本の学校ではそのルールをなぜか教えない。「一所懸命頑張れば、幸せになる」という、封建主義時代のモラルを子供に教えて放置する。結論から言う。一所懸命頑張っても、ルールを知らなければ、経済的成功は無い。著者は32歳で選挙に落選多額の借金を背負い、夜逃げ同然で日本を離れた。その後異国の地台湾でIPOを成し遂げ、45歳で経済的自由を勝ち取る。その過程で学んだ資本主義社会のルールを若者たちに伝えていく。

◆落選で知った、「お金」のありがたみ

 最初である今回は、自己紹介から始めたいと思います。

 私は学生の頃から理想家で、政治の世界を目指していました。大学卒業後、いったん銀行に就職し、その後28歳で東京葛飾区の区議会議員に挑戦し当選。2006年32歳のときに今度は同区長選挙に挑戦、落選しました。

 何とか政治の世界での再起を模索しましたが、家庭と経済的事情で断念。

 台湾で事業を営んでいる小中学校の同級生を頼りに、選挙で作った1,000円の借金を背負い、妻とふたり、夜逃げ同然で台湾に渡りました。

 今でも当時のことを思い出すと、選挙の応援をしてくれた方々への申し訳ない思いがたくさん湧き上がってきます。恥ずかしいのは選挙に落選したことではなく、一度落選しただけで逃げ出してしまったこと。理想ばかりを追って、選挙に負けた場合の生活費のことすら考えていなかった自分の愚かさを恥ずかしく思います。私は落選して多額の借金を背負い、日々の生活に困窮してはじめて、お金のありがたみを知ることが出来ました。

◆夜逃げ同然で渡った台湾で、「ハダカの資本主義」を学ぶ

 台湾に渡り就職したのは、友人が創業した小さなレストラン会社。当時4つのお店がありましたが、一番小さなお店はわずか13席。「将来上場するぞ!」と言っても誰にも相手にされないくらいの小さな会社でした。

 入社当時の肩書は3人いる副社長の一人、給料は6.8万台湾元。当時のレートで20万円くらいでした。20万円というと少なく感じられる方が多いと思いますが、当時の会社の状況を考えると、友人社長の厚意による特別待遇だったと思います。台湾では300円くらいで普通にランチを食べることができます。そんな物価の安い台湾では夫婦二人でも生活に困る給料ではありませんでしたが、借金返済を考えると贅沢はできません。500円のスパゲッティが食べたくて、レストランの前を30分もウロウロして、結局あきらめたということもありました。

 その友人は素晴らしいアイディアマンでしたが、経営には不向きなタイプだったため、会社はとても混乱していました。しかし現地の台湾人の店長、副店長などの幹部のほとんどは20歳代でとても若く、希望に溢れていました。私の仕事は、まずは社内の御用聞き係でした。社内各部門の従業員の不満や要望を聞いて、それをとりまとめて組織改革や事業計画に落とし込み、社長に提案していたわけです。

 そんな仕事の一端として、ある店長に、「あなたの今の目標は何ですか?」と聞いたところ、「マンションを買って、他人に貸して、不労収入(自分が働かずに得る収入)を得ることです。そうやって少しずつマンションを増やしていって資産を築き、将来は田舎でカフェをやりながら家族でのんびりすごしたい」と言われました。「会社が海外進出する際に、そのメンバーとして海外に行きたい」「財務の勉強をして、将来この会社のCFOになりたい」など、仕事に関係した目標を期待していた私には、とても意外で、残念なものでした。

 他にも似たようなことがありました。ある日、別の店の優秀な店長が事務所に来て、私に「会社を辞めたい」と言いました。会社の上層部だけでなく、同僚、部下からも非常に人気のあるスター社員でした。理由をきくと「独立して自分でレストランを開きたい」とのこと。まだ20代半ばでお金も無いはずでしたので、「資金はどうするのか?」と問うと、「両親が、『お前はいつまでレストランの使用人なんかしているのだ!自分たちがお金を準備するから、早く独立してお店を開きなさい』と言っている」とのこと。日本であれば、子供が「会社を辞めて起業する」なんて言えば、普通は止めるものだと思いますが、台湾では逆なのです。親類縁者集まって起業を応援する風土があるのです。

 台湾では、日本のように、一つの会社に長く勤めて安定した生活を送りたい、という人はあまりいません。仕事とは別に投資に取り組んで資産形成をする人、自分で起業してビジネスオーナーになる人、自分の専門性を高めつつ、より高い報酬を目指して短期間での転職を繰り返していく人。仕事は定時で上がりますし、有給もしっかり消化しますが、余暇は大学院やセミナーに通って熱心に勉強します。皆がたくましく、会社に依存せずに経済的基盤を築くことに取り組んでいます。社会保障が日本に比べれば貧弱で、国も会社もあてにならないこともあり、皆が家族親戚で助け合いながら、たくましく資本主義社会を生き抜いています。ですから、経営者にとっては毎日が真剣勝負です。

「今は少ない給料しか払えないけど、会社が大きくなったら必ず恩返しするから」なんていう日本企業的な浪花節は通用しません。

◆資本主義のルールを知らなければ、決算書は読めない

 私が13年間過ごした台湾は、そんな「資本主義」的な精神がむき出しになっている国でした。お金にシビアで、投資に詳しいのは中華系の人々の伝統かもしれません。最初は大きなカルチャーショックでしたし、彼ら台湾人の仕事に対する姿勢に不満を感じたこともありました。しかし今は彼らの方がグローバルスタンダードだと考えています。私たちが台湾や中国で事業を成功できたのは、こんな彼らの資本主義的精神を素直に学んだことにあると思います。

 会社が小さいうちから、幹部従業員への株式譲渡制度やストックオプションを設け、彼らを単なる従業員ではなく、会社のオーナーの一人として遇しました。独立したい従業員を引き留めるようなことはあまりせず、成功した従業員とはその後も経営者仲間として学びあい、失敗した従業員が復職することを歓迎しました

 個人的にも私は彼らを見習って投資の勉強をし、会社の店頭公開(台湾株式市場にある一つの制度。株式上場の一つ前の段階で、一定の制限の元で市場での株式の売買が行われる段階)で得た資産もあわせ、今はその資産の運用だけで家族三人生活していくことが出来ます。お金のためではなく、自分の理想や家族、趣味のために、ほとんどの時間を割くことができる生活が手に入りました。

 私はそうやって、台湾や中国で、「ハダカの資本主義」に触れながら、お金やビジネスの本質、言い換えれば「資本主義の本質」を学んできました。反対に今の日本を見ると、いろいろなことがわかりにくい社会になっていると思います。先人たちの成功のおかげで、日本社会はいろいろなことが、やさしくオブラートに包まれています。

 学校で会計や簿記を学んでも、お金やビジネスの本質がわかっていなければ、決算書をきちんと理解することはできません。いくら投資セミナーに通っても、資本主義の本質がわかっていなければ、財を成すことはできません。大学を卒業し銀行員をしていた頃の自分がまさにそうでした

 この連載を通じて、日本の若い方々が、少しでも人生の早い段階で、お金やビジネスの本質、言い換えれば「資本主義の本質」を理解することができるように、私が学んできたことをお伝えしていきたいと思います。(つづく)

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