今回は、背中に薪を背負い本を読みながら歩く少年としてお馴染み、二宮尊徳(金次郎)を四柱推命鑑定する。小さい頃、貧乏な生活の中でも懸命に勉強に励んだとして、戦前「修身」の教科書で紹介されていた人物だが、意外にその功績は知られていない。尊徳の功績を振り返りながら、四柱推命的にその人となり、真意を探っていこうと思う。

 

二宮 尊徳 (1787-1856年)
生年月日: 天明7年7月23日(1787年9月4日)

 

上記の命式表より、通変星、蔵干通変星をわかりやすく円グラフに表すと下記のようになる。

 

知性…様々な分野の知識が豊富で、何かを学ぶことに喜びを感じる。頭の回転が速く、物事を論理的に捉えることが上手

行動力…頭で考えるよりも行動で結果を出す。未知の分野に挑戦する意欲が強く、交渉力や営業力を磨けば成功できる

人脈…さりげない気配りができて誰とでも仲良くなれる。サービス精神が旺盛でコミュニケーション能力も高く人を動かせる。

自立心…他人に依存することなく、自分が信じた道を突き進む強い精神性。リーダーシップを発揮しフリーで活躍できる。

遊び心…楽しいことを企画する等、生活に遊びを取り入れることが自然とできる。芸術面の才能があり、表現力が豊富。

 

上の円グラフと十二運星を見て、尊徳の性格を考察していく。

〇遊び心30% (食神)

 遊び心は生活に自然を遊びを取り入れることができる星。命式表で言うと、「食神(しょくじん)」に当たるが、「食神」は遊び心の中でも子どもっぽい星。みんなで遊ぶことやお喋りが好きで、大らかな性格。また、衣食住に興味があり、グルメ。食に対するこだわりが強い。

 尊徳は、この星を最も重要な場所(月柱の蔵干通変星:主星)に持っている。尊徳と言えば、荒廃した農村の復興を指導した、農政家であり思想家であるが、その数は605町村に上ると言われる。筆者は、その背景には食へのこだわりがあったのではと分析する。

 尊徳自身も農家の家に生まれ、幼少期から農業に親しんできた。比較的裕福な家庭だったが、酒匂川の氾濫により田畑を失い、次いで両親を亡くして、生活は困窮。しかし、叔父の家で働きながら学び、24歳の時、親の代に失なった土地を買い戻した。その後、小田原藩の家老・服部家に奉公に出た際、破綻寸前だった財政を4年で再建した手腕が、藩主・大久保忠真の目に留まり、35歳の時に分家の旗本・宇津家の領地の復旧を命じられるも、これも再興。その後も尊徳は、他藩や幕府の依頼を受けて、豊富な農業知識で領地の復興や財政の立て直しに手腕を発揮した。また、天保の大飢饉の時には、藩の蔵米の放出に奔走し飢民を救済した。最終的には605の町村を復興させた尊徳だが、この背後には、衣食住を大切にし、食べ物を大切にする、食へのこだわりがあったことと予想される。

 また、勤勉なイメージの強い尊徳であるが、働いてばかりいたわけではない。20代、自家の再興過程にあっても、若者たちと交流し、俳句をたしなみ、芝居、相撲見物、花会、花見に行っている。もちろん、生活にゆとりができてからだと思うが、中でも俳句には相当入れこんでおり、句会に参加したり師匠に添削してもらったりしている。後に自らの思想を表現した道句や道歌も多く作った。勉強ばかりしていたのではなく、適度にしっかり遊んでいたようだ。

 十二運星には、「胎(たい)」を持っているが、これも子どもの星。好奇心旺盛で飽きっぽい。資料からは読み解けないが、尊徳は子どもっぽい部分を持っていたのだろうか。

※「食神」+「病」=何かの分野でカリスマになれる

 尊徳は、月柱(げっちゅう)という、人生の仕事や結婚等を占う最も大切な部分に「食神」と「病」の組み合わせを持っている。この組み合わせを持っている人は、何かの分野でカリスマになれる。例えば、上杉謙信もこの組み合わせを持つ。上杉謙信が戦のカリスマだとすれば、尊徳は地域おこしのカリスマだろう。

 

〇人脈30% (正財)

 人脈は、コミュニケーション能力が高く、人当たりがよい星。命式表で言うと、「正財(せいざい)」に当たるが、「正財」は真面目で誠実、慎重派。堅実に人と向き合い大切にするため信頼関係を得ることができ、いい人脈を手にできる

 各地で農村の復興に尽力した尊徳だったが、その手法は、農民のやる気を育て、積立金を活用するというものだった。尊徳は、勤勉者をほめて、耕作に励んでいる人には無利息で金を貸した。自ら領内を歩いては、仕事に精を出す農民をねぎらって歩き、人々のモチベーションを高めた。まさに人たらしだ。

 また、人から信頼を得るのが得意だったのだろう。勝海舟は、後に尊徳の感想をこのように述べている。「二宮尊徳には一度会ったが、至って正直な人だったよ。全体あんな時勢には、あんな人物が沢山出来るものだ。時勢が人を作る例はおれはたしかにみたよ」真面目で正直だからゆえ、人の心をつかむのがうまかったのだろう。