■  前進なき「給特法」改正案

 「給特法」の改正案が11月19日、衆議院を通過した。同日の『毎日新聞』(Web版)は共同伝として、「教員の働き方改革の一貫で、勤務時間を年単位で調整する変形労働時間制の導入が柱となる教職員給与特別措置法(給特法)改正案が19日、衆院本会議で与党などの賛成多数で可決され、参院に送付された」と報じている。そして記事は、「今国会で成立する公算が大きい」とも述べている。

 政府は、「改正案の柱である変形労働時間制が導入されれば、教員の働き方が改善される」という建前をとっている。しかし、変形労働時間制の話が浮上してきた当初から、疑問が呈されることはあっても、賛成の声は学校現場から聞こえてきていないのが現実だ。むしろ、反対の署名運動が展開されてきた。
 周りの教員に訊いてみても、「夏休みといっても、部活指導や研修で忙しすぎるのが教員の現状ですよ。そこでまとめて休みを取れといっても、現実的な話ではありません」という声ばかりが聞こえてくる。変形労働時間制が実施されたとしても、休みをとれないままの教員が続出、それこそ「絵に描いた餅」にしかならない可能性が高いのだ。

 変形労働時間制といえば、印象深い出来事があった。
 2017年夏に開かれた教員の働き方に関するシンポジウムで、出席していた元文科相で自民党教育再生実行本部長の馳浩が給特法に触れて、「4%の見直しも必要で、これについては年内にも結論を得ることが自民党と政府の間で合意できている」と述べた。
 4%とは給特法による教職調整額のことで、これを引き上げることは教員処遇改善の前進につながる。シンポジウムに参加していた多くの教員たちからも、期待の表情が見てとれた。

 しかし翌年の2018年5月に馳が本部長を務める自民党教育再生実行本部がまとめた教員の働き方に関する中間提言には、「4%の見直し」も「4%からの引き上げ」も、その影すら見えなかった
 前年夏の馳発言に少しでも期待を抱いた教員は、大いに失望したに違いない。
 

■まったく新しくない「変形時間労働制」のからくり

 4%が問題にされなかった代わりに、中間提言で浮上してきたのが、「年単位の変形労働時間制」だった。馳にしてみれば、「4%の代わりに変形労働時間制を提案した」というところなのだろう。しかし、4%と変形時間労働制とは、まるで質の違うものである。
 変形時間労働制と言えば、新しい制度のように聞こえるかもしれないが、そんなことはない。日教組委員長だった槙枝元文は、『槙枝元文回想録』で次のように記している。

 「文部省は中村文相の意図や静岡地裁判決を無視するかのように超勤手当を何とか出すまいとして、1967年に入って『変形8時間制』を学校現場に指導しはじめた」

 文中の中村文相とは、中村梅吉文部大臣のことで、彼は5年ぶりに日教組幹部との会談を再開した文相だ。さらに年数回の日教組との会談を行うことも、槙枝と文書を交わして約束もしていた。重要案件については日教組と協議して決める姿勢をみせていたのだ。
 しかし、中村は1966年8月の内閣改造で文相の座から去った。そして、中村と槙枝との約束を文部省は反故にし、再び日教組を無視する姿勢に戻った。変形8時間制も日教組に何の相談もないままに文部省が一方的にはじめたものであり、それに対する槙枝の怒りが「中村文相の意図(を無視)」に込められているようだ。

 静岡地裁判決とは、日教組が呼びかけた超勤闘争の一貫で、静岡地裁が下した判決のことである。1965年には静岡県を被告とする裁判で、地裁は「職員会議への参加が、校長の指示にもとづくものであるかぎり、これが正規の勤務時間外にわたる場合には超過勤務といわざるをえない」としている。
 さらに翌年にも静岡地裁は、静岡市を被告として争われた訴訟で、「学校行事のうち、修学旅行や遠足の引率、付き添いを除く行事等、職員会議等については超過勤務が認められる」という判決を出している。

 つまり超過勤務の支払いを当然とする判決や、それを求める日教組に理解を示す中村文相の意図を無視するかのように文部省が出してきたのが変形8時間制だ、と槙枝は言っているわけだ。『回顧録』で槙枝は、次のように続ける。

 「これは当時の労働基準法第32条2項に規定されていた『4週間を平均して週当たりの労働時間が48時間を超えない範囲で、特定の週につき8時間を超えて労働させることができる』という条文を学校現場に適用しようというものである」
 今国会で11月19日に集議院を通過した給特法改正案の柱とされる「年単位の変形労働時間制」と、まるで同じである。現在の労基法では、1993年の法改正によって1年単位の変形時間労働制が認められている。
 

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