■特殊部隊や機甲部隊に「変身」して戦ったトリコロールの海兵隊

自由フランス第1海兵コマンド隊長フィリップ・キーファー少佐。同隊はイギリス軍コマンドに加わったため右側を垂らすイギリス軍式でベレーを被っているが、フランス軍式では左側を垂らす。なお、この時以来の伝統で、フランス海兵コマンドは今もベレーをイギリス軍式に被っている。

 フランス海兵隊は、1622年にリシュリュー枢機卿によって創設された。海兵隊としては、世界で3番目に古い歴史を誇る。

 フランスは、海外領土の獲得や海上交易に絡んで「七つの海の覇者」ことイギリスと事あるごとに海上覇権を争っており、フランスのみならずイギリス(第二次大戦海兵隊列伝③「七つの海の覇者」、海洋大国イギリスが誇る海兵隊:2019年11月06日公開)も、その争いに海兵隊は不可欠の存在であった。

 ゆえにフランスとイギリスの海兵隊は、海原を朱に染める死闘を繰り返したが、19世紀末になって世界的な海外領土の争奪に一区切りが付くと、両国は同盟関係を確立。その結果、かつての「海原の好敵手」転じて「海原の朋友」という関係が成立した。

 そしてこの時期の1900年、フランス海兵隊は海軍から陸軍へと移管された。というのも、頻繁な洋上戦闘がなくなった代わりに、海外領土の確保と警備に重点が置かれるようになった結果、海軍と「臍の緒」はつながっているものの、陸軍の指揮下にあるまとまった兵力が求められたからだ。

 そして陸軍へと移管されると、フランス海兵隊は急速に陸軍の部隊としての性格を備えるようになって行った。

 これに対して、艦艇の乗組員によって編成され、上陸先遣隊や停泊時の艦艇警備、あるいは海軍基地の防衛に従事していた「別の海兵隊」ともいえる海兵フュージリアは、第二次大戦でフランスが敗北しロンドンに亡命政府(自由フランス政府)が創設されると、イギリスが編成した特殊部隊のコマンドに一部の兵員が参加し、自由フランス第1海兵コマンドとなった。

 そして彼ら自由フランス第1海兵コマンドは、特に「史上最大の作戦」で知られる1944年6月6日の「オーヴァーロード」作戦でのノルマンディー上陸以降、祖国の国土やベルギー、オランダでの戦いで活躍している。

 また、同じ海兵フュージリアの別の一部は海兵フュージリア装甲連隊を編成し、戦車や駆逐戦車を装備したり、ハーフトラックに乗って移動する機甲歩兵として、自由フランス機甲師団などに配属されて奮戦した。

 なお、海兵フュージリアから派生した両者の活躍は名作と称される戦争映画の中でも再現されており、自由フランス第1海兵コマンドは『史上最大の作戦』で、海兵フュージリア装甲連隊は『パリは燃えているか』で、その雄姿を垣間見ることができる。