絶対音感という「才能」が日常生活を脅かす。音楽一家に生まれたピアニストが、劣等感に苛まれ家庭内暴力にまで発展したた悲劇。24年間のひきこもりから彼はどう立ち直ったのか。『今ひきこもりの君へおくる 踏み出す勇気』の著者、吉濱ツトム氏の個人セッション実例ドキュメントです。

◆聴覚過敏が過ぎて、物音ひとつで家中を破壊、うろたえる親
(男性42歳/ひきこもり歴24年)

 ひきこもり歴24年のEさん。僕の元を最初に訪れたのは当人ではなく母親でした。
 Eさんの家族や親戚は音楽に関わる職業(小学校の音楽教師、ピアノ教師など)が多く、Eさんも将来は何らかの音楽関係の仕事に従事すると思われていました。Eさんは「絶対音感(任意の音の音高を絶対的に理解し、その音を正確に知覚し、再生する能力)」を持っており、聴いた音・メロディーなどをすぐさま再現できる才能がありました。
 しかし、絶対音感を持っていたためにそれが後にEさん自身と周囲の人を苦しめる原因となってしまいました。Eさんは行き過ぎた「聴覚過敏」をあわせ持っていたのです。
 Eさんは両親の期待に応えて音楽大学に入学しました。しかしそこでは全国から集まってきた音楽の才人たちとの実力の差を感じ、激しい劣等感に苛まれていきます。そして数か月で中退。ピアノ奏者としての道をあきらめ、学生生活にピリオドを打ってしまいました。もちろん、Eさんに限らず、音大を卒業しただけで簡単にプロのピアニストになれるわけではありませんよね。
 実はEさんは、高校2年生の時からうつ症状がはじまっていました。受験というプレッシャーで精神が疲労し、大学合格の通知に喜ぶどころかうつ症状は進み、とうとう外出もできなくなってしまいました。Eさんは両親と相談して、しばらく自宅で休養することにしたのですが、運動もせず、友達と会うわけでもなく、一日中家にいる生活が続いたため、さらにうつの悪化を招いただけでした。

◆「俺がこんな風になったのはお前のせいだ!」

1年が過ぎた頃には、元来持っていたマイナス思考が手伝って、自分に対するダメ出しを繰り返していました。
 頭の中では「なぜあの時、ピアノがうまく弾けなかったのか」という後悔や、人前でミスして恥をかいたことなどがフラッシュバックとなって次から次へと押し寄せてくる。悪いイメージの堂々巡りが延々と続き、何もできずに3年、5年、7年と過ぎていきました。もはや、Eさんは「慢性的な怒りと恐怖感」を抱えるひきこもりとなってしまったのです。
 Eさんは家で荒れまくります。
 毎日のように「俺がこんな風になったのはお前のせいだ!」と母親に向かって怒鳴るEさん。
「○○さんはこんな風にして練習してるわよ」、「もっとがんばって」など、母親の励ましの言葉は他人と比較されたという惨めさでしかなく、過去のことを今のことであるかのように怒りをぶつけてきます。
 これはマイナス思考の人がマイナスの記憶をわざわざ見つけてくるという悪循環の形です。
 聴覚過敏も強まり、ドアを開ける音や食器を洗う音などの生活音が鋭く響いてくるようになり、物音ひとつでもEさんはわめきたて、テーブル、椅子、食器、あらゆる物を破壊する——。
 母親は息子の凶暴な行動が恐ろしくて何も言えず、とにかく物音を立てないようにして暮らしていたそうです。

 

 そして24年もの歳月が経った時、母親がある心療内科から僕の行っている個人セッションの話を聞き、僕の元を訪れたというわけです。母親はすでに71歳の高齢者。この先が不安で仕方ないと繰り返すばかりでした。

◆◆◆[ひきこもりからの脱却:吉濱セッション]◆◆◆

 まず母親からEさんの幼少期の様子をうかがいました。
 小学生の時のEさんは身体が弱く、頭痛や微熱が続くことが多く、学校は休みがちでした。母親はピアノのレッスンにだけは厳しく、学校を休ませている時でも症状が軽いと感じた時は自宅のピアノには向かわせていたとのことでした。Eさんも期待に応える形で練習をしていました。
 またピアノコンテストでEさんは3位に入賞したことがあるのですが、優勝できなかったことへの落ち込み方が激しく、しばらく口を利かなかったことがあったといいます。
 母親はそんなEさんを負けず嫌いな性格だと感じたため、3位入賞という好成績を褒めるのではなく、さらに厳しくレッスンをするように叱咤激励したそうです。
 さて、先にお伝えしておきますが、ここで僕が言いたいのは、親の教育が悪かったということではありません
 定型発達の脳を持つ子どもは厳しく育てても、達成できた喜びと共にその厳しさや苦しさを糧にできる能力を持っています。
 発達障害がある場合は、脳の自尊心を司る部分が未発達であるため、少しストレスがかかっただけでも必要以上に劣等感を持ってしまうのです。
 Eさんの母親が幼少期の様子を見て、我が子を〝負けず嫌い〟と解釈したように、小学生ぐらいの年齢では、まだこの発達障害に気づきにくいのです。それが中学・高校になると、人間関係は少しずつ複雑になっていき、自分と他人とを比較する機会も増えていくため、自己評価が低いEさんは第2次障害として次第にうつ症状を引き起こしていったと考えられます。
 Eさんに対しては、まず大元の悩みである聴覚過敏を和らげることからはじめました。用いたのは「ゲートコントロール理論」です。

◆聴覚過敏はこうして緩和されて・・・24年ぶりに社会へ

ゲートコントロール理論とは、たとえば、「痛みがある場所をさする」→「痛みが和らぐ」という現象がなぜ起こるのかということを説明した理論で、専門的な説明は省略しますが、新しい感覚が入ることで、すでに感じている痛みが中和され苦痛が軽減される仕組みのことです。
 そうすることで、脳はその苦痛をもたらす因子がさほど脅威ではないと学習するため、注意がそこに集中してしまう「気にしい」の状態も緩和されます。結果としてストレスも大幅に緩和されます。
 Eさんの場合、余計な「音の刺激」とは「痛みでしかない」と置き換えて考えます。
 その上で、携帯用の電動マッサージ器を握らせて、伝わる振動をしっかりと感じさせながら恐怖の対象である音をまず小さく30秒ほど聴かせていきます。そしてうまくいかなかったとしても即座に褒める、を繰り返し、慣れてきたならば少しづつ時間と音量を増やしていき、恐怖を軽減させていきました。
 しかし改善できたとはいえ、残念ながら脳機能の障害というものは完全には治すことはできません。もともと先天的に備わったものですから、改善した後は上手に付き合っていくことが大事です。
 Eさんは発達障害を理解してくれる会社を探すことにしました。
 最近では雇用の確保という意味もあり、発達障害の方を受け入れる会社も現れてきました(「障害者雇用促進法43条第1項」では、従業員障害者の法定雇用率が義務付けられている。民間の法定雇用率は2・2%)。
 神経が異常に疲れやすい人のために仮眠室が用意されており、一定の時間内ならばいつでも仮眠してよいという制度が設けられていたり、Eさんのような聴覚過敏の方には外部の音を遮断するためのヘッドホンをつけてパソコンに向かう業務に従事してもらったりなど、それぞれの特性に合わせ、それぞれの工夫が許容されています。
 与えられた業務の結果を出せば、自分のペースに見合った時間帯、業務時間も決められます。
 Eさんはまず週に2回・4時間の単純なパソコン入力作業からはじめました。もともとはすさまじい集中力を持つEさんは、作業スピードが速いだけではなく、じつに正確です。
 会社側もEさん本人もそれに気づき、さらに正確さが求められる高度なプログラミングの研修をはじめることになったそうです。
『今ひきこもりの君へおくる踏み出す勇気』より)