1994年の松本サリン事件などで無期懲役が確定したオウム真理教の元古参幹部、中村昇受刑者と15年間、対話を重ねてきたカウンセラーの中谷友香さん。手紙や面会での交流の様子を初めて著書『幻想の√5 なぜ私はオウム受刑者の身元引受人になったのか』(KKベストセラーズ)にまとめ、刊行したのが今年の5月。それから2カ月が経ち、林泰男、早川紀代秀はじめとしたオウム死刑囚たちの死刑執行から1年が経過した。教団とは無関係に、手弁当で償いを支援してきた彼女は、後悔の念を深め、償いの日々を送る中村受刑者との交流はいまも続いている。今回、そんな著者中谷さんにインタビューし、いまの中村受刑者の様子などを聞いた。インタビュー第1回を公開。

■「やっとか」と中村昇は綴った

 

—オウム事件の死刑囚に対する死刑執行から、今月で1年になります。中谷さんは15年前から、死刑になった元オウム信者たちと交流し、無期懲役になった中村昇受刑者に対しては身元引受人としていまでも交流を続けています。この1年で、中村受刑者の様子に変化はありましたか?

 昨年7月の死刑執行の後、中村君から、私の夫の誕生日を祝う手紙が来ました。

 その中に、麻原の死刑執行に関して、「正直『やっとか』っていう感じだ」「遅いぐらいだと思った」のように書いてあったので、びっくりしたんです。

 いまの中村君は麻原を妄信し罪を犯してしまった自分を深く恥じています。死刑が執行になった中には端本悟君など中村君と特に親しかった元信者もいましたが、少なくとも麻原の件に関しては、「事件からだいぶ経って、ようやく死刑か」と感想を持ったのでしょう。

「オウム真理教事件」の真相に迫った第一級資料として世に問うノンフィクションの著書『幻想の√5』にも書きましたが、中村君は怒りを外に出せない人ですし、暴力に肯定的な発言をあまりしない人です。

 そんな彼が、麻原の死刑に対しては「やっとか」と書いてきたことは、何より被害者の方々や遺族の方々に思いを馳せてきた中村君の現在の心境だと思いました。そしてやはり麻原に対してはらわたが煮えくり返っているんだな、と感じました。

「13人の仲間」ではない

―中村受刑者のマインドコントロールが徐々に解けていく様子は、『幻想の√5』にも描かれていますね。麻原以外の死刑囚の死刑が執行されたことについては、中村受刑者はどう感じているのでしょうか。

「新実(智光)さんや(端本)悟が夢に出た」という話は面会の際に聞きました。

 それと、「刑務所の中でラジオからレミオロメンの『3月9日』という曲がかかって、(3月9日が誕生日の)新実を思い出したよ」と、今年もらった手紙に書いてありましたね。「今年の干支の猪のように(教団時代)猪突猛進タイプだったので、"今年は猪だなぁ”と思うと彼のイメージが出てきまいました」ともありました。やっぱり、古い仲間なんですよね。

 中村君は、ひとの誕生日を祝うのが好きな人で、「3月9日は新実でしょ。3月23日は悟でしょ」と、全部覚えているんです。つい先日もらった手紙にも「7月14日はフランス革命の日で、(中略)早川(紀代秀)らしい誕生日だ」とも書いてありましたね。

 

―中村受刑者は、死刑になった12人に特別な想いを持っているんですね。

 ところがそうとも言い切れないんです。これは大事なことですが、中村君を含め、あの事件で死刑が求刑された14人、麻原を除くと13人は、べつに仲良し13人組というわけではありませんし、教団時代と勾留・収監時代では人間関係も変わっています。

 たとえば「裁判の席で、自分をよく見せる嘘ばかり言っている」ということから、多くの死刑囚から嫌われてしまった死刑囚もいます。逆に、特段嫌われているわけではなさそうだけど、交流がないのでまったく話題に出ない死刑囚もいました。

 中村君は最古参の信者のひとりですが、ヒエラルキーや部署が違うと、顔は知っていても話しをしたことがない信者もいたようです。教団にいたときには「上司」だった新実さんと率直に話せるようになったり、林泰男さんと交流するようになったのも、勾留後からのようです。端本君とは、ワークと呼ばれる仕事を一緒にしたことがきっかけで話すようになったようですが、彼らが互いに気軽に意見を交わせるようになったのは、逃亡生活を一緒に過ごしてからのように感じました。そういったことで、中村君は昨年死刑になった人たち全員と親しかったわけではない。それよりも、教団時代に親しくしていた元部下を病気や自殺で失っています。

 彼が「自分は生きてていいのかな」と悩む理由には、被害者の方々はもちろん、罪悪感から病気や自殺で死んでいった人々の存在もあるのかもしれません。