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京・建仁寺の安国寺恵瓊首塚

季節と時節でつづる戦国おりおり第376回

 GW10連休!も筆者のような仕事の人間には関係ございませんが、京都は観光客で賑わっているようですね。それに先だって4月20日、建仁寺さんでは「四頭式茶礼」が催されました。「茶祖」栄西禅師をしのぶ古式ゆかしいイベントです。
 が、戦国フリークにとっては、この茶会よりも注目すべき場所が!それがこれ!ドン!

 

 安国寺恵瓊の首塚です。

 

 恵瓊は安芸武田氏の出身で、毛利家の外交僧となり、「藤吉郎、さりとはの者にて候」の一文で豊臣秀吉の出世を予言した人物として有名ですね。

 彼についてはこのブログの第86回(なんと7年前!)にも触れていますが、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いの首謀者のひとりで、毛利輝元を西軍の総大将に据えたあと、9月15日の決戦で徳川家康の東軍に敗れ、鞍馬寺の月性院から本願寺へ移ろうとしていたところを発見され、捕縛されました。これが9月23日のことです(『板坂卜斎記』)。

 彼を捕らえたのは、長篠の戦いで武田軍に磔にされながら城内の味方に「援軍は間もなく来るぞ!」と告げて息絶えた鳥居強右衛門(すねえもん)の子、庄右衛門だといいます(『武功雑記』)。

 10月1日、石田三成・小西行長とともに六条河原で処刑され三条大橋のたもとに首をさらされますが、それを見物しようと数万人の群集が三条に集まったそうです(『時慶卿記』)。

 この首が、この塚に埋められ供養されたというわけです。

 

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橋場 日月

はしば あきら

はしば・あきら/大阪府出身。古文書などの史料を駆使した独自のアプローチで、新たな史観を浮き彫りにする研究家兼作家。主な著作に『新説桶狭間合戦』(学研)、『地形で読み解く「真田三代」最強の秘密』(朝日新書)、『大判ビジュアル図解 大迫力!写真と絵でわかる日本史』(西東社)など。


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