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「砂漠のキツネ」ロンメルも愛用した軽ハーフトラックSd.Kfz.250

電撃戦を支えたハーフトラックSd.kfz.251③

■装甲ハーフトラックのSd.Kfz.250

写真を拡大 「砂漠のキツネ」ことロンメル将軍が北アフリカ戦線で愛用した2両のSd.Kfz. 250/3のうちの1両、“Greif”。車体上部の枠のように見えるのは「ベッドフレーム」の渾名で呼ばれた無線アンテナ。車載機銃の後ろに立つ士官帽姿の人物がロンメル。

 非装甲の1tハーフトラックSd.Kfz.10の車台をベースに開発されたのが、装甲ハーフトラックのSd.Kfz.250である。

 基本的な固定武装として機関銃1挺を備える。乗員は運転手と機銃手の2名で、さらに車体後部の兵員室に兵員4名を乗せられたが、これではドイツ陸軍の標準的な1個歩兵分隊を1両で乗車させることはできない。事情を知らないと何とも中途半端な車両と思われるが、実はSd.Kfz.250は、当初、偵察部隊用に開発された軽偵察ハーフトラックであった。

 偵察車には各種の装輪式装甲車も存在したが、「生身の偵察兵」が下車し、その五感をもって偵察することはきわめて重要であった。このニーズに応えるため、Sd.Kfz.250が求められたのだ。

 しかもSd.Kfz.250はより大型の「兄貴分」たるSd.Kfz.251と同じエンジンを搭載していた。つまり車体が小型軽量で乗員数も少ない分、Sd.Kfz.250の方が、速度も速く不整地踏破性にも優れるということになる。

 基本型は、1941年3月から生産が開始されたA型と、1943年9月以降に生産がA型からシフトされた簡易簡略モデルのB型に大別される。

 さらに、この基本型をベースに多数の派生型が実用化された。その一部を紹介しよう。

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白石 光

しらいし ひかる

戦史研究家。1969年、東京都生まれ。戦車、航空機、艦船などの兵器をはじめ、戦術、作戦に関する造詣も深い。主な著書に『図解マスター・戦車』(学研パブリック)、『真珠湾奇襲1941.12.8』(大日本絵画)など。


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