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ヒントは古代ギリシア。「自分らしい生き方」をロボットやAIが実現する理由

自律的な生き方を達成する。

■「真の芸術が生み出されるためには奴隷制度が必要不可欠だ」

 村上春樹のデビュー作『風の歌を聴け』の冒頭に次のような一節がある。
 
「もしあなたが芸術や文学を求めているならギリシャ人の書いたものを読めばいい。真の芸術が生み出されるためには奴隷制度が必要不可欠だからだ。古代ギリシャ人がそうであったように、奴隷が畑を耕し、食事を作り、船を漕ぎ、そしてその間に市民は地中海の太陽の下で詩作に耽り、数学に取り組む。芸術とはそういったものだ。夜中の3時に寝静まった台所の冷蔵庫を漁るような人間には、それだけの文章しか書くことはできない。そして、それが僕だ。」
 
 労働の拘束から解放されて自由な時間が得られれば、芸術や学問を嗜む時間を持てるようになる。教養を得れば、人間の思考の力は高まり、常識に囚われずに、物事の見せかけに隠れた「真理」を発見できるようになる。そして、より自由な精神を備えた生き方ができるようになるだろう。

 一方で、近代経済学の祖アダム・スミスの『国富論』は労働価値説に基づいている。それまで、国家の国力は貿易で差額を出し、金や銀のような貴金属をどれだけ多く蓄えられるかという観点から測られ、物の価値も金や銀が基準となって決められていた。それに対してスミスは、人間は古来、労働力を物と交換してきたのだから、労働こそが価値の基準となると主張した。哲学者ジョン・ロックは社会契約説を論じた『統治二論』において、個人の所有権の根拠は、その人が労働によって自然に手を加えたこととしている。

 スミスは18世紀、ロックは17世紀のイギリス人であるが、いずれにしても近代の思想家は「労働が価値を生み出す」と考えていた。この考えはマルクスにも受け継がれていく。だから、近代人は労働を美徳としていた。労働を奴隷のものと考え、蔑視していた古代人とは対照的である。

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大賀 祐樹

おおが ゆうき

1980年生まれ。博士(学術)。専門は思想史。

著書に『リチャード・ローティ 1931-2007 リベラル・アイロニストの思想』(藤原書店)、『希望の思想 プラグマティズム入門』 (筑摩選書) がある。


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