気持ちという質量【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第14回 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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気持ちという質量【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第14回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第14回


森羅万象をよく観察し、深く思考する習慣を身につけよう。すると新しい気づきが得られ、日々の生活はより面白くなるはずだ。森博嗣先生の新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」。人生を豊かにする思考のツール&メソッドがここにある。 ✴︎連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」がついに単行本化され発売に! 総頁数:344頁。未公開の書き下ろし原稿(第36〜40回)も収録。視点が変わると、人生も変わる!あなたにとって大切な一冊になるとお約束します!


 

 

第14回 気持ちという質量

 

【子供の頃の出来事の影響】

 

 もう何カ月も小説を書いていない。しばらく書く予定もない。最近は、ゲラを読む仕事をのんびりと進めた。4月刊の小説新作のゲラと、6月以降に出る新書新装版のゲラ。後者は急に仕事が舞い込んできた。数年まえに出した新書を新装版として出し直したい、と出版社から依頼があった。ゲラを送ってもらい読み直したが、ほとんど直すところがなかった。数年では世の中も、そして作者自身も大して変化がないということか。

 今年初めての雪が降り、半日で40cmほど積もった。さっそく除雪機のエンジンをかけて1時間ほど作業。自動車を道路まで出せるようにした。翌日からは、庭園鉄道の除雪も始め、3日かけて無事に復旧し、氷点下の庭園内をぐるりと一周することができた。

 工作のプロジェクトも幾つかを同時進行している。最近多いのは、ミニチュアのエンジンに関係するもの。子供のときからエンジンが大好きで、小学生のとき最初に中古の模型エンジンを始動した体験から始まっている。実物のエンジンにも興味はあるけれど、大きすぎて手に余る。模型エンジンは小さいけれど、メカニズムは同じ。燃料を圧縮し、点火し、爆発させてピストンを押し、そして排気する。これを繰り返して、けたたましい音を立て回り続ける。回すだけで実に愉快で爽快だ。

 子供の頃の体験から一生の趣味が始まることは珍しくない。僕が担当の犬は、子犬のとき、僕が鉄道の線路の上に落ちた小枝を拾い横へ投げるのを見ていた。このため、今でも、地面に落ちている枝を拾うだけで大興奮し、投げると吠えながら駆け回る。枝を投げて欲しいとせがむ。自分でくわえるようなこともないし、投げた枝を追いかけるわけでもない。人が枝を拾って投げるところを見たい、という趣味だ。

 子供のときの思いが、その後の人生に支配的な影響を及ぼす、という場合、2つの方向性がある。1つは、今例を挙げたような「面白かった」あるいは「印象的だった」体験が発端の場合。もう1つは、「できなかった」という思いである。子供のときに、やりたくてもできなかったことを、大人になってから実現するものだ。これは、僕の世代では非常に多いと思う。というのも、僕たちの世代が子供の頃、日本は敗戦後でまだ貧しく、現代の子供たちと比べて、はるかに「できない」ことが沢山あったからだ。逆に、今の子供たちは、望めばできてしまう。欲しければ買ってもらえる。だから、大人になってから、自分は何をやりたいのかわからない、という具合になりやすいのかもしれない。

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「無事」を重ねることが、人生の成功である。少し気をつけていれば、誰でもできる。ときどき予期せぬ不運が襲ってきても、また少しずつ無事を重ねて挽回していけば良い。勝たなくても良い。負けても良い。またの機会を待てることこそが、成功の価値なのである。(第35回「充実した人生に唯一必要なもの」より抜粋)

 

◉人生はプログラミング◉水を差しにくい社会◉話し上手と書き上手

◉老人になっても社会人である◉余計なものを持つことの価値

◉気持ちという質量◉「潔癖社会」純度上昇中◉ジェネラリストは存在しない?

◉どうなれば成功なのか?◉適度な自己中のすすめ◉アイデアを思いつける人

◉思いつきの手法◉新しい価値は無駄から生まれる◉頭は知識で肥満になる

◉楽しければそれで良いのか?◉効率か快適か、それが問題だ

◉自己利益が最重要な方針◉作るために必要なこと

◉一人でいることは、自由の象徴◉充実した人生に唯一必要なもの

◉AIが活躍する未来って?◉的確な質問をする能力

◉ネットのモラルはこれから◉フィクションを楽しむ条件

◉いつ死んでも良い生き方とは etc.

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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