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即席スープに山椒…縄文人の食へのこだわりが意外に深い

稲作が伝来するまでの日本の食卓【和食の科学史①】

■食材にも味付けにもこだわっていた

 植物の次に多く食べていたのが魚です。銛と釣り針を使って、近海魚を中心に、ブリ、サバ、イワシ、スズキに鯛、ヒラメ、さらにはフグまで獲っていました。ということは、どうすれば安全にフグを食べられるか知っていたことになります。貝も大切な食料でした。貝の殻を捨てた場所が貝塚になって残っています。その次が猪や鹿などの獣肉で、ときには鯨、北日本ではトドやアザラシ、オットセイも獲っていました。

 図1は三内丸山遺跡から出土した縄文人の食料です。オニクルミの殻、鴨の骨に、鯛やサメの骨もありますね。オニクルミはもともと日本に生えていた植物で、今も全国の山地で見られます。サメを食べていたとは驚きですが、じつは淡白でおいしく、現代ではサメを使ったはんぺんは高級品として知られています。

図1 縄文遺跡より出土した当時の食料となった植物、動物、(a)オニクルミ、(b)鴨の骨、(c)タイの骨、(d)サメの骨(三内丸山遺跡所蔵)。

 この時代には調味料として塩を使うことがなかったようです。といっても、人の体が正常に機能するには塩分の摂取が欠かせないため、魚や貝、動物を内臓までしっかり食べることで、塩分を摂取していたのかもしれません。また、塩の代わりに、貝を煮て干したものを利用していたのではないかという指摘もあります。お湯に入れるだけで塩分と出汁が出るので便利です。即席スープの祖先ですね。

 山椒を使っていた痕跡もあり、食材が豊富なうえに、味つけにもこだわっていたことがうかがえます。

 青森の三内丸山遺跡での発掘調査によると、当時の大人の身長は男性が157センチ、女性が147センチくらいで、平均寿命は30〜35歳でした。

 といっても、多くの人が30代前半で死亡したということではありません。最近の研究から、縄文人の約3割が65歳を超えるまで生きていたと報告されています。生まれてまもなく亡くなる子どもが多かったために、全体としての平均寿命が低かったのです。この傾向は近代まで続きます。

 骨格から推定すると、縄文人は頭が大きく、顔の幅が広く、眉の上が出っ張っていて、鼻は鼻筋が通って高く、幅が広かったようです。骨太で筋肉が発達し、がっしりしていました。遺跡からは骨と化石しか出てこないので、病気や健康状態について調べるのは困難ですが、排泄物の化石から寄生虫の卵が発見されており、寄生虫に感染していたことがわかります。

 そんな古代日本の暮らしを大きく変えたのが稲作の伝来でした。

(連載第2回へつづく)

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奥田 昌子

内科医、著述家

京都大学大学院医学研究科修了。内科医。京都大学博士(医学)。愛知県出身。博士課程にて基礎研究に従事。生命とは何か、健康とは何かを考えるなかで予防医学の理念にひかれ、健診ならびに人間ドック実施機関で20万人以上の診察にあたる。人間ドック認定医。著書に『欧米人とはこんなに違った 日本人の「体質」』(講談社)、『内臓脂肪を最速で落とす』(幻冬舎)、『実はこんなに間違っていた! 日本人の健康法』(大和書房)などがある。


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