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石田三成の太閤検地と関ヶ原合戦

外川淳の「城の搦め手」第73回

■石田三成の知られざる実像

『歴史人』でも何度か石田三成からみた「関ヶ原の真実」を執筆してきた。

 既存の三成像を見直し、新時代の創成者としての姿を描いたが、紙数の関係から語り尽くせない部分もあった。

 ということで、この「BEST TIMES」を利用し、三成の知られざる実像を明らかにしたい。

 三成が検地を実行したエリアの大名は、越後の上杉氏、常陸の佐竹氏、薩摩の島津氏をはじめ、親三成派が多い。

 安芸の毛利氏による検地も三成が指導。三成は検地を通じ、特定の大名との関係を深めたとも推測できる。 

佐竹義宣が城主を務めた水戸城

 佐竹氏は関ヶ原合戦では中立を堅持したが、三成とは腐れ縁といえるほどの良好な関係だった。

 つまり、関ヶ原合戦で西軍として参戦した大名は、三成の検地を受けていたといえるのだ。

 江戸時代になると、大名は格式を高めるため、石高を過大に申告することもあった。

 だが、石高は、合戦に参加するときの動員人数や、築城工事などへの資金提供に対する基準値であり、少ないほうがよい。

 三成は、島津領、毛利領、島津領の検地をするさい、石高の過小申告をするように指導することにより、彼らと密接な関係を築いたと思われる。

 そのような不正行為がなくとも、三成は、検地によって彼らの領地に関するデータを掌握しており、一蓮托生の状態にあったともいえる。

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外川 淳

とがわ じゅん

1963年、神奈川県生まれ。早稲田大学日本史学科卒。歴史雑誌の編集者を経て、現在、歴史アナリスト。



戦国時代から幕末維新まで、軍事史を得意分野とする。



著書『秀吉 戦国城盗り物語』『しぶとい戦国武将伝』『完全制覇 戦国合戦史』『早分かり戦国史』など。



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