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自然に翻弄されたバブル崩壊後の日本

キーワードで振り返る平成30年史 第17回

■同じ渇水で泣いた人、笑った人

 大手食品メーカー、グリコはフランスの競泳選手だったミュリエル・エルミーヌが原作、脚本、演出、振り付けを手がけ自ら主演した水中ミュージカル『SIRELLA シレラ 人魚伝説』を招聘。グリコスペシャルと銘打ち全国ツアーを実施する。テレビを始めとするメディアでも大々的にCMが打たれ、大いに話題になった。
 平成19(2007)年以降、日本の大手自動車メーカーダイハツが、カナダのサーカス劇シルク・ドゥ・ソレイユを毎年招聘スポンサードしているが(シルク・ドゥ・ソレイユ自体はそれ以前にも様々な企業が招聘)メディアへの露出の雰囲気としてはちょうどその感じに近かったように記憶している。人魚をモチーフにしたミュージカルといえば、いまならば劇団四季のディズニー版権ミュージカル『リトルマーメイド』がまっさきに思い浮かぶが、あちらがワイヤーアクションを用いて、天井を海面に、舞台を海底になぞらえたものであるのに対し、シレラの方は巨大な水槽を設置し、本当に水中で泳ぎ演じるというものだった。涼しげで暑い夏にふさわしい演目で、当時はミュージカルに触れる機会も今よりずっと少なかったため、大いに歓迎され受け入れられることを予期される企画だったのだが、タイミングが悪かった。冒頭で紹介したようにこの年の日本の夏は記録的な水不足。大規模な水槽になみなみと水を注いで演じられるこの演目に、世間は「水がなくて困っている人がたくさんいるのに不謹慎ではないか」「(劇で使う)その水を渇水で困っている人たちにまわすべき」などと意見した。当時はインターネットの普及など思いもよらぬ頃である。にもかかわらずワイドショーや新聞紙上でこうした意見が、時には有識者から、時には視聴者や読者から寄せられ、主催者側も予期せぬ対応に迫られた。結局、ショーに用いる水は現地で調達するのではなく持ち回っているという表明で、どうにか世論は収まり、全国ツアーは無事に終わったが、異常気象により主催者も演者も間接的な被害を受けた形となった。

 しかし世の中というのは奇妙なもので、片方に渇水で不利益を被る企画があれば、片方にはそれによって助けられた企画もあった。それがダムにおける湖上コンサートの実施である。岐阜県に阿木川ダムというダムがある。
 水資源公団が開発した立派なダムである。国土交通省などが昭和62年(11987年)から現在も行っている啓蒙活動で「森と湖に親しむ旬間」というのがある。期間中管理下のダムでは様々なイベントが催されるのだが、この年、平成六年の阿木川ダムのイベントはなんと湖面コンサート。
 ダム湖に特設ステージを設け、当時『何も言えなくて…夏』が大ヒットし、有線放送やカラオケで人気に火がついたロックバンドJ―WALKを招いてコンサートを行うというもの。もちろん安全には万全を期す形での設営が計画されていたが、ダム湖の湖面にステージを設けるという湖面ステージなる言葉が独り歩きし、地元の人々のイメージを勝手に想起し、「いくらなんでも危険なのではないか」「何かあったら責任は取れるのか」など反対意見が多く寄せられ、これまた実施が危ぶまれた。

 だが、結局コンサートは無事に開催された。なんの心配も不要のうちに。
 その理由は渇水である。
 コンサートの会場となる阿木川ダムもご多分に漏れず見事に干上がり取水率が0に。湖上コンサートを行おうにも湖上が存在しない始末。
 かくして湖上コンサートと銘打った湖底コンサートが無事開催されたというわけ。

 それにつけても長雨と冷夏による米不足の翌年が、空梅雨と猛暑による水不足とは。平成の日本が自然現象や災害に関してまさに試される国土と化している様相は否めない。
 もっとも異常気象や活発な火山活動などは日本に留まることではなく世界規模の様相を見せている。もともと自然は畏怖の対象であり、たとえ科学文明が発達してもITが普及してもグローバル化が進んでも、人間が容易にコントロールできるものではない。
 この地球に住む以上、時が移ろうとも、我々人類は常に自然の脅威への警戒と準備を怠ってはならないのだろう。

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後藤 武士

ごとう たけし

平成研究家、エッセイスト。1967年岐阜県生まれ。135万部突破のロングセラー『読むだけですっきりわかる日本史』(宝島社文庫)ほか、教養・教育に関する著書多数。


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