宇野常寛 札幌での浪人生活は「ひたすら好きな本を読むという毎日でした」 | BEST TiMESコラム

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宇野常寛 札幌での浪人生活は「ひたすら好きな本を読むという毎日でした」

宇野常寛さん3月毎日更新 Q3. 「浪人時代のエピソードを教えてください」

「BEST T!MES」連載30問30答、3月は宇野常寛さんを特集! 自ら企画ユニット『PLANETS』を主宰、近年はメディアでの活躍も増える中、評論家として最新作『母性のディストピア』が大ヒット中。多彩な活動を続ける彼の「素顔」に30の質問で迫ります。

受かりそうな大学はほとんどなかった

 

 落ちこぼれグループで高校生活を過ごしていたので、結局、受験勉強は全然しませんでした。正確には、高校3年の1学期だけはやっていましたが、途中でやらなくなりましたね。一言でいうと、スネていたんです。高3で中二病をこじらせてる感じ。「落ちこぼれている自分がカッコイイ」と思う病気にかかってしまって、とにかく遊びまくっていました。

 高校は函館でしたが、浪人生活は札幌で過ごしました。でも、まじめに予備校に行くことはなく、行ったふりの毎日。予備校は9時から授業が始まりますが、8時45分に札幌駅の本屋が開くので、まずはそこに行って立ち読み。しばらくするると駅前の本屋も開店し始めるので、移動します。その頃は、「あの店は雑誌にカバーがかかっていない」とか「あそこは漫画の新刊にカバーがかかっていない」、「あの店は座り読みができる」といった情報を把握していたので、1日で3~4軒はしごしてひたすら立ち読みして、中央図書館に寄って、そして古本屋をぶらぶらして帰る。そんな毎日ですよ。

 

 あのころ雑誌は月30冊くらい読んでいましたし、あとその頃は宮台真司さんや大塚英志さんとか90年代のサブカルチャー批評をよく読んでいましたね。特に宮台真司さんに対しては、どう脳内で反論するかがんばって考えていたましたね。まさか自分がその10年後に宮台さんの帯でデビューするなんてまったく想像もしていない。浪人時代は、そうやって現実逃避をしながら、ひたすら好きな本を読むという毎日でした。

 トータルで2年半くらい受験勉強から離れていたので、当然成績はものすごく下がっているわけです。基本的な英単語も忘れている状態なので、受かりそうな大学がほとんどなかった。そこで、受験勉強とあまり関係ない現代国語の配点が高い大学を探して、ひたすら受けました。とにかく現国の配点が高いところを受験しまくって、受かったのが立命館大学の文学部です。首の皮一枚つながったと思いましたね。当然「立命館大学に行きたい!」という願望はまったくなかったですし、文学部に入りたいという志も一切ない。大学も学部も、単に現国の配点が高かったから選びました。でも、当時は本当にほっとしました。いいかげんに生きていても世の中意外となんとかなるんだな、と間違った教訓を得ていましたね。

〈明日の質問は…… Q4.「どんな大学生活を送っていましたか?」です。〉

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宇野常寛・著母性のディストピア

 

宮崎駿、富野由悠季、押井守--戦後アニメーションの巨人たちの可能性と限界はどこにあったのか?

宮崎駿論4万字、富野由悠季論10万字、押井守論10万字の作家論を中核に、アニメから戦後という時代の精神をいま、総括する。
そして『シン・ゴジラ』『君の名は』『この世界の片隅に』――現代のアニメ・特撮が象徴するさまよえるこの国の想像力はどこにあるのか?

『ゼロ年代の想像力』『リトル・ピープルの時代』とその射程を拡大してきた著者の新たな代表作にして、戦後サブカルチャー論の決定版。

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宇野 常寛

うの つねひろ

評論家。1978年生。批評誌〈PLANETS〉編集長。著書に『ゼロ年代の想像力』(早川書房)、『リトル・ピープルの時代』(幻冬舎)、『日本文化の論点』(筑摩書房)、『母性のディストピア』(集英社)。石破茂との対談『こんな日本をつくりたい』(太田出版)、『静かなる革命へのブループリント この国の未来をつくる7つの対話』(河出書房新社)など多數。企画・編集参加に「思想地図 vol.4」(NHK出版)、「朝日ジャーナル 日本破壊計画」(朝日新聞出版)など。京都精華大学ポップカルチャー学部非常勤講師、立教大学社会学部兼任講師など、その活動は多岐に渡る。


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  • 宇野 常寛
  • 2017.10.26