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「端午の節句」はもともと男児を祝う行事ではなかった

「五節句」の意味と由来を知る

画像/GAHAG

5月5日[端午(たんご)の節句]
 清めの慣習から男児の祝いへと変化した
 男の子の成長を祝い、立身出世を願う行事。かつては若い女性が、菖蒲(しょうぶ) やよもぎの葉で屋根を葺いた小屋で身を清め、厄を祓い、田植えの準備をした。武家社会になってから菖蒲が尚武(武道)につながるとして鎧兜を飾るようになり、男の子の節句に。鯉のぼりや五月人形も飾り、「子孫繁栄」の願いを込めた柏餅と邪気を祓うちまきを食べる。

・7月7日[七夕の節句]
 中国と日本の伝説が融合、禊(みそぎ)の儀式を行う
 願い事を書いた短冊や色紙で作った飾りを笹竹に吊るし、願いが叶うよう祈る行事。中国古来の織姫と彦星の伝説と、「乞巧奠(きっこうでん)」という裁縫や習字の上達を短冊に願う風習、それに日本の棚機女(たなばたつめ)伝説とが結び付いたのが始まり。先祖の霊を迎えるお盆の前に、梅雨の穢れを祓う禊の意味もある。灯籠流しや「ねぶた」も七夕に由来する行事だ。

・9月9日[重陽(ちょうよう)の節句]
 長寿の妙薬とされた菊を食す行事に由来

「菊の節句」とも呼ばれ、秋の収穫を盛大に祝う日。花弁を浮かべた菊酒を飲んだり、菊の花の露や香りを綿に移して顔や体を清めたりすることで、長寿と健康を祈る。中国で古くから縁起がよいとされてきた陽数(奇数)のうち、最大数の9が重な
る「重陽」というめでたい日で、長崎など「御九日(おくんち) 」と呼んで祭りを行
う地域もある。

雑誌『一個人』2018年1月号より構成〉

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新谷 尚紀

しんたに たかのり

國學院大學文学部教授

国立歴史民俗博物館名誉教授。国立総合研究大学院大学名誉教授。民俗学者。1948年広島県生まれ。早稲田大学第一文学部日本史学科卒業、同大学院博士過程修了。主な著書に『和のしきたり 日本の暦と年中行事』(日本文芸社)『日本人の春夏秋冬』(小学館)など多数。


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