心身の状態が泳ぎに出てくる

 そんな僕は、最近こんなことを考えている。
 水泳は、自分の内側の観察(内観)と、自分の外側の観察(外観)の、2つがあるから面白いのだと。

 内観とは、
 体がどう動いているのか?
 自分はどう動かしているのか?
 重いのか?軽いのか?
 気持ちいいのか?
 苦しいのか?
 こういう泳ぎながらの体と心のの観察。

 外観は、
 水はどこを流れているのか?
 いやいや、自分で流れを作るのか?
 水はかく?それとも、乗る?
 水面で進むのか?いや、水中か?
 深く?それとも浅く?
 もしかして、浮くとは、水面近くに沈んでいることなの!?
 このように、水に対して自分はどのように?どんなふうに?
 これを観察するのが外観。

 そして、この、内と外の観察が進んでいくと、自分の心身の状態が、そのまま泳ぎに出てくる!ということがわかってくる。

 気持ちが揺れると、泳ぎも揺れる。
 心が荒れれば、泳ぎも荒れる。
 セカセカ過ごせば、泳ぎもセカセカ。
 穏やかな気持ちは、泳ぎも穏やかにする。
 自分の泳ぎは、今の自分そのものだったりする。

 だからこそ、この混沌とした先行き不透明な時代に、泳ぐことの価値がある気がしてならない。
 1日1mでもいい。泳いでみてください。
 自分の足りているものと足りていないもの。
 必要なものと、いらないもの。
 そんなことが見えてくると思います。

次のページ 泳ぐことは、自分を知ること。