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【文科省vs財務省】少人数学級実現を阻害する、主役不在の議論

第50回 学校と教員に何が起こっているのか -教育現場の働き方改革を追う-

少人数学級

■「少人数学級」の議論が進まない理由

 10月26日、麻生太郎財務相の諮問機関である「財政制度審議会(財政審)」の歳出改革部会が開かれ、文科省が予算要求している小中学校での少人数学級の導入について議論が行われた。
 議論は非公開だったが、終了後に記者会見した土居丈朗会長代理(慶応大教授)は、「新型コロナウイルスの感染拡大を防止する観点で少人数学級の推進は必要」や「少人数であれば教育の質が良いとは限らないので、メリハリをつけるべきだ」と賛否両論の意見が委員からあったことを明らかにしている。さらに、「大勢としては、一律的にクラスの生徒数を減らすかたちの少人数学級を進めるべきだという意見はなかった」とも土居は語っている。
 つまり、歳出改革部会としては「少人数学級の導入には賛成しかねる」ということだ。

 その歳出改革部会に、事務局である財務省は資料を提出している。資料というよりも「財務省見解」と言ってもいいもので、「少人数学級の導入は認めない」という主旨が貫徹されている。歳出改革部会は、その財務省の意向を汲み取ったともいえる。

 財務省の資料については、いろいろなところで意見がではじめている。歳出改革部会が開かれた翌日の27日には、文科省は反論の資料をまとめてホームページでも公開している。財務省の見解に反論する資料を文科省がまとめることは珍しくなく、過去にも行われている。文科省として反論はするものの、それに財政審や財務省には耳を貸してこなかった、ということだ。だから、少人数学級は遅々として導入されてこなかった

■目的は「学力」なのか。それならば「学力」とは?

 歳出改革部会に財務省が提出した資料は、「学級規模が学力に与える影響については、外国のみならず日本の大規模データも使った多くの研究が蓄積。最近の新しいデータを使った研究ほど、学級規模の縮小の効果はないか、あっても小さいことを示している研究が多い」と指摘している。
 この主張も、珍しいことではない。それどころか、これを盾に財務省は教員定数の増加をともなう少人数学級の導入に反対してきた。
 しかし、少人数学級の導入に関して「学力に与える影響」が重視されるということは、教育そのものを「学力」でしか判断できていないということだ。財務省の考える教育の姿が浮き彫りになっている。

 これに対して文科省は、「学力への効果はある」と反論している。そして、「さまざま研究事例もある」と主張している。その研究事例として、「平成27年度学力調査を活用した専門的な課題分析に関する調査研究、平成27年度全国学力・学習状況調査(中学校分)」から得られた結果として、以下のことをあげている。

●学級規模が小さいほど、学習規模・授業態度が良い、授業内容の理解が高まる、学習意欲が高まる。
●不利な環境におかれた児童生徒が数多く在籍する学校においては、学級規模が小さいほど正答率が高くなる傾向。

 どうやら「学力」には「学力」で、ということらしい。ただし、「さまざまな研究事例もある」としながらも、限定的な事例しか挙げられていない。また、財務省の資料には、『クラスサイズ縮小の認知能力及び非認知能力への効果』( 伊藤 寛武、中室 牧子、山口 慎太郎)が事例として挙げられているが、文科省からは、その内容に対する具体的な反論はない。


■コロナ禍での「気付き」を活かす時

 文科省も財務省も、少人数クラス導入のための教員定数増加を「認める」か「認めない」かで、都合のいい資料を持ってきている印象は拭えない。
 そして両者とも、「学力」そのものについての議論は避けている。どういう学力が子どもたちに必要なのかは脇においておいて、従来の学力について「効果がある」か「効果がない」か、を主張しあっているに過ぎない。これでは議論は今後も平行線のままだろう。

 そこは、文科省もわかっているのかもしれない。財務省への反論には、「少人数学級の効果」が加えられている。そこには、次の2つが記されている。

●「少人数学級」のメリットとしては、一般的に児童生徒と教員が接する時間を多く確保できることが挙げられる。また、小学校では教科担任制をとらないことから、40人学級と比較して、児童1人ひとりの状況を把握しやすく、成長をサポートしやすいことは関係教員の実感としてあげられている。教員の負担軽減にもつながっている。
●児童の集団が小さくなることにより、学校生活において落ち着いた生活を送れている。特に市内で最も小規模な小学校において、従来存在した単学級編成で6年間過ごす学年が解消できたことにも意義がある。

 いずれも、第2次安倍晋三内閣において教育提言を行うために設置された首相直属の「教育再生実行会議」における「意見」からの引用だ。ちなみに同会議の事務局を務める「担当室」は文科省内に置かれた。

 新型コロナウイルス感染症による長期休校があり、そこからの分散登校、分散授業へと移行していった時期があった。そこでは通常のカリキュラムが行われず、教員の数は変わらなくても登校してくる子どもの数は少なかったため、教員の目が行き届くようになった。結果として、そこに「余裕」が生まれた。

■学校教育の主役は児童と教員

 そうしたなかで、「子どもたちと正面から向き合える時間が増えた」や「子どもたちも落ち着いて学校生活を送っている」といった声が教員から多く聞かれた。もちろん、肯定的な感想である。「忘れていた大事なことを取り戻せた気がする」とまで言った教員も少なくなかった。
 少人数学級の導入で、それと同じ環境が実現できるなら、学校にとって「大事なこと」を取り戻すチャンスなのかもしれない。テストの点数で測る「学力」ばかりが俎上にあがるが、そればかりに目がいくと、学校はどんどん本来あるべき姿からは遠ざかっていく気がする。

 少人数学級導入に必要な予算をめぐる財務省との議論のなかで、「学力」という財務省の土俵に上がってみても仕方ない。その議論で予算を獲得できたとしても、「学力」での結果を求められることになる。教員は、そこに労力を使い、疲れ果てることになりかねない。そして、学校は学校の本質からさらに離れていく。
 財務省との議論は、「児童生徒と教員が接する時間を多く確保できる」といった本質の部分で推し進めるべきではないだろうか。それを財務省が軽視するなら、それこそ財務省の存在が問われることになる。
 なにより、その議論によって学校のあるべき姿もはっきりしてくるはずである。そういう議論ができる文科省になってほしいものだ。

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前屋 毅

まえや つよし

フリージャーナリスト。1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。『週刊ポスト』記者などを経てフリーに。教育問題と経済問題をテーマにしている。最新刊は『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、その他に『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『グローバルスタンダードという妖怪』『日本の小さな大企業』などがある。


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